賭博師ジャックⅡ 第3回 ニケとレナード
映画を観終わった後、ジャックとハルは近くの喫茶店に来ていた。
とはいえ、寛(くつろ)いでいる様子はまったくない。
ハルは怒り心頭でジャックに奢らせたパフェを猛烈な勢いで口へと運ぶ――これで3杯目だ。
「あり得ない……
初めての映画で居眠りするなんて……
(パクパクパクパクッ……!)」
「お、おい、ハル。もうその辺りにしておいた方が……」
「なに? 文句でもあるの?」
ハルが鋭い目つきでジャックを睨む。
こうなると、ジャックはもうお手上げだ。
できることは嵐が過ぎ去るのを待つのみ……
だがそういう態度が、ハルにすると益々気に食わない。
「相変わらず鈍いわね――ジャック」
いつの間にか近くにいた女性が、突然二人に声をかける。
「誰、急に――って、え……」
ハルは驚きのあまり言葉を失った。
胸元の大きく開いた真っ赤なドレスに覆われたグラマラスなボディ。
クールながらも、どこか愛らしさのある整った顔立ち。
それを包み込む、緩やかなウェーブのかかった艶のあるプラチナブロンド。
歳の頃は20代後半、若々しくも大人らしい女性。
今のハルには――いや、将来でさえも届きそうにない魔性ともいうべき色気と魅力に満ち溢れている。
そしてハルが驚くのも無理はない――
彼女はたった今二人が観た映画『愛のソレイユ』でヒロインを演じていた女優だった。
「私はニケ、肩書きはそうね――
映画女優ってところかしら。初めましてハルちゃん。そして久しぶり、ジャック♡」
「ニケ……」
ジャックは何となく、ばつが悪そうだ
「ジャック、この人と知り合いなの?」
「ああ……昔のな」
伏し目がちに答えるジャック。
「ふふ、つれないわね」
「なるほど……彼女がキングの娘か」
ニケに続いて、身なりのいいスーツ姿の男がやって来る。
「はじめまして、ハル君。私はレナード。
ジャック――お前とは7年ぶりか」
「レナードさん……お久しぶりです」
ジャックが“さん”付けするこの男・レナードはジャックより5つほど年上の30代後半――
かつて共にキングに師事した、ギャンブラーとしての兄弟子のような存在だ。
だが今は打って変わって政治家という立場にあり、
新進気鋭の若手議員として日々ニュース紙をにぎわす――様々な顔を持った切れ者である。
――ここまで軽く挨拶を交わしただけだが、ニケとレナードの存在感は圧倒的だった。
何人かの人間が二人に気づき、辺りが徐々に騒がしくなる。
「ふぅ、だからこの仕事はイヤなのよ」
「フフ、だからこそいいの間違いだろう。
とりあえず場所を変えるか――いいな、ジャック?」
「ええ、構いません」
レナードの、相手に有無を言わせない語り口にジャックは乾いた笑いを浮かべつつ答えた。