徒然雑記帳

ゲームプレイを中心に綴っていくだけのブログ。他、ゲーム内資料保管庫としてほいほい投げます。極稀に考察とかする…かな?お気軽に読んでいってください。

賭博師ジャックⅡ

賭博師ジャックⅡ

 

閃の軌跡Ⅱより、賭博師ジャックⅡです。

リーシャもハマっていたらしい小説ですが、共和国で映画館や導力車レースとかできたら面白いですよね。

 

第1回 ジャックとハル

 

――カルバード共和国。

この国には東方からやって来た移民たちが、故郷を想い、故郷に似せて築き上げた街がある。

俗に「東方人街」と呼ばれるこの街はいつも人々の活気と熱気で満ち溢れている。

 

活気があるのは街の“裏”側も同様だ。

だが半年前、その情勢が大きく揺れ動いた。

 

およそ10年に渡って繰り広げられてきた古参と新参の勢力争い。

ある思惑により、両者の未来を賭けた世紀のギャンブル対決が行われ、

結果、新参が失脚する事態へとつながった。

 

そんなギャンブル対決で相対した二人――

それがジャックとハルである。

 

その無類の強さから、《勝利》という異名で呼ばれるようになったギャンブラー・ジャック。

ジャックの師匠で、かつて最強と謳われた今は亡きギャンブラー・キングの娘、ハル。

 

真実と誤解、そして陰謀の狭間でうごめいた二人の因縁と運命の物語は劇的な展開を見せ――最終的にハルは、ジャックによって闇の世界から救われるのだった。

 

そして今ハルは――東方人街の北のはずれにある場末のボロ酒場でウェイトレスとして働いている。

 

それはこの酒場を根城にするジャックにとって不本意なことだったが、

ハルの意志の強さに諦めざるを得ないのだった。

 

 

 

――そんなこんなで二人が共に多くの時間を過ごすようになってから数ヶ月。

夏も盛りを迎えたある日、ハルはジャックをとある場所へと連れ出した。

 

うだるような炎天下、東方人街に隣接した新市街にある目的地へと向かう二人。

普段、昼間から酒場に篭っているジャックにとって外出、

それも徒歩でというのは拷問に等しい。

 

「導力車でもあればなぁ……」

思わずジャックが呟(つぶや)いた。

 

「ジャック、車を運転できるの?」

意外な顔で返すハル。

 

「ちょいと昔、かじったことがあってな。っていうか、あれだ。俺ほどの男ともなると、できないことの方が少な――」

 

「はいはい……分かったから」

 

ジャックの軽口をハルが適当に受け流しつつ、ようやく目的地に到着する二人。

 

出迎えたのは、入り口の頭に巨大な看板を掲げた最新鋭の施設。

共和国でもまだ数件しか存在しない《映画館》だ。

 

第2回 愛のソレイユ

 

導力カメラで撮影し、編集した映像を巨大なスクリーンに投影して音声と共に鑑賞する《映画》――

それはカルバード共和国が他国に先駆けた文化で、

ここ数年の内に庶民でも楽しめる娯楽として徐々に広がりを見せている。

 

普段はハルの誘いに反応の鈍いジャックも映画と聞いて興味をひかれ、快く足が動いた。

 

「で、2つあるがどちらを観るんだ?

 俺的にはこっちの『ダークガンマン』が――」

 

「それじゃあジャック、『愛のソレイユ』のチケットを2枚よろしく♪」

満面の笑みで返すハル。

……ジャックに選択権はなかった。キングのことだけが理由ではない、相性的な問題なのか、ジャックはなぜか、ハルにはてんで頭が上がらない。

 

『愛のソレイユ』――巷(ちまた)で流行っている小説を映画化したもので“ラブロマンス”とかいうジャンルらしい。

 

微妙に気は進まないが観念して建物の中に入るジャック。

そこは導力エアコン(冷風で室内の温度を下げる、近年発明された導力製品)が効いた快適な空間だった。

 

「ねえねえ――すごいわね、ジャック!」

目に映るものも映らないものも、何から何まで新しい《映画館》。

ハルのテンションはすでに最高潮だ。

 

ハルにせがまれ、施設内の販売所でドリンクとポップコーンを購入するジャック。

そうこうしている間に上映時間となり、二人はチケットに書かれた番号の席に着く。

 

スクリーンに映し出される美男美女。

二人の熱烈で劇的な恋愛模様が時に激しく、時に切ない展開で描かれていく。

 

そして、クライマックス――

数多の障害を乗り越え、結ばれる二人。

最高に盛り上がるキスシーンが大画面に映し出される。

 

あまりにも情熱的なそのシーンに画面を直視できないハル。

ふとジャックのことが気になり視線をやると……

 

目に飛び込んで来たのは、気持ちよさそうに眠りこけるジャックの姿だった。

 

第3回 ニケとレナード

 

映画を観終わった後、ジャックとハルは近くの喫茶店に来ていた。

 

とはいえ、寛(くつろ)いでいる様子はまったくない。

ハルは怒り心頭でジャックに奢らせたパフェを猛烈な勢いで口へと運ぶ――これで3杯目だ。

「あり得ない……

 初めての映画で居眠りするなんて……

(パクパクパクパクッ……!)」

 

「お、おい、ハル。もうその辺りにしておいた方が……」

 

「なに? 文句でもあるの?」

ハルが鋭い目つきでジャックを睨む。

こうなると、ジャックはもうお手上げだ。

できることは嵐が過ぎ去るのを待つのみ……

だがそういう態度が、ハルにすると益々気に食わない。

 

「相変わらず鈍いわね――ジャック」

いつの間にか近くにいた女性が、突然二人に声をかける。

 

「誰、急に――って、え……」

ハルは驚きのあまり言葉を失った。

 

胸元の大きく開いた真っ赤なドレスに覆われたグラマラスなボディ。

クールながらも、どこか愛らしさのある整った顔立ち。

それを包み込む、緩やかなウェーブのかかった艶のあるプラチナブロンド。

歳の頃は20代後半、若々しくも大人らしい女性。

今のハルには――いや、将来でさえも届きそうにない魔性ともいうべき色気と魅力に満ち溢れている。

 

そしてハルが驚くのも無理はない――

彼女はたった今二人が観た映画『愛のソレイユ』でヒロインを演じていた女優だった。

 

「私はニケ、肩書きはそうね――

映画女優ってところかしら。初めましてハルちゃん。そして久しぶり、ジャック♡」

 

「ニケ……」

ジャックは何となく、ばつが悪そうだ

 

「ジャック、この人と知り合いなの?」

 

「ああ……昔のな」

伏し目がちに答えるジャック。

 

「ふふ、つれないわね」

 

「なるほど……彼女がキングの娘か」

ニケに続いて、身なりのいいスーツ姿の男がやって来る。

 

「はじめまして、ハル君。私はレナード。

 ジャック――お前とは7年ぶりか」

 

「レナードさん……お久しぶりです」

ジャックが“さん”付けするこの男・レナードはジャックより5つほど年上の30代後半――

かつて共にキングに師事した、ギャンブラーとしての兄弟子のような存在だ。

 

だが今は打って変わって政治家という立場にあり、

新進気鋭の若手議員として日々ニュース紙をにぎわす――様々な顔を持った切れ者である。

 

――ここまで軽く挨拶を交わしただけだが、ニケとレナードの存在感は圧倒的だった。

何人かの人間が二人に気づき、辺りが徐々に騒がしくなる。

 

「ふぅ、だからこの仕事はイヤなのよ」

 

「フフ、だからこそいいの間違いだろう。

とりあえず場所を変えるか――いいな、ジャック?」

 

「ええ、構いません」

レナードの、相手に有無を言わせない語り口にジャックは乾いた笑いを浮かべつつ答えた。

 

第4回 レース

 

レナードとニケに従うままにやって来たのは導力車の草レース場だった。

ただし休業日なのか、車は一台も走っていない。

 

「すごい、これが導力車の……!」

草レース場とはいえ、れっきとした導力車のレース場。

幼い頃に父に連れて来てもらった記憶はおぼろげにあるが、訪れたのはそれ以来だ。

映画に続いて興奮を隠せない。

 

「ふふ、ハルちゃんってば本当に可愛いわ」

 

「ああ、かつてのキングの親バカぶりも納得だ」

ニケの言葉に頷くレナード。

「そうだハル君、せっかくだし実際にレースを観たくはないかい?」

 

「観れるの!?」

 

「ああ、そこにいる男が首を縦に振ればね」

おそらく最初から用意していたであろう筋書きと露骨な誘導――

ジャックは彼のこういう計算高いところが昔から苦手だった。

 

だがキングと同様、時にはそれ以上に、レナードからは色々なことを教わった。

恩があることは確かである。

導力車の運転技術もその一つ、様々な遊びやスポーツに精通した兄弟子だった。

 

そしてレナードが続ける。

「キングが亡くなった後、ずっと腐っていたお前がハル君との大勝負に勝ち、

息を吹き返したと噂で聞いて――俺は本当に嬉しかった。

なあ、ジャック。今日はどうかあの時のお前を――

ヴィクトリー・ジャックを見せて欲しい」

 

「……まあ、そういうことなら。

ブランクもあるので、相手が務まるかどうかは分かりませんが」

 

「フフ、決まりだな」

こうしてジャックはレナードと導力車レースを行うことになった。

 

 

 

――まずはマシンを選ぶ二人。

なんでもこの草レース場はレナードの馴染みらしく、今日は貸し切りで、

マシンもどれでも好きに使えるらしい。

 

「それじゃあ俺は――このヴェルヌ社の旧型で」

 

「フフ、ならば俺も同じ性能のものを選ぼう。これで条件はイーブンだ」

 

二人のレースが始まる――

スタートの合図を切るのは、ノリノリのハルだ。

「レディー……3・2・1・GO!」

 

スタートダッシュで機先を制したのはレナード。

ジャックはそれを追う形となる。

 

今はどうか分からないが、7年前の時点でジャックとレナードのドライビングテクニックはほぼ互角―― さらにマシンの性能が同格である以上、

直線で挽回するチャンスはほとんどないと言っていい。

そうなると、3つあるコーナー――

ここでいかに食い下がれるかが勝負の分かれ目だ。

 

第一コーナー――

ギリギリの所までアクセルを踏み、勝負を仕掛けるジャック。

だがレナードも同等以上のテクニックを見せ、難なくかわす。

 

第二コーナー――

さっきとは微妙に異なるカーブの形状に合わせ、

限界近くまでスピードを保って勝負を仕掛けるジャック。

だが前にいるレナードの絶妙なブロックに合い、追い抜くことは適わない。

 

第三コーナー――

最後の難関と言うべき、ヘアピンカーブが待っていた。

ここまでの攻勢にレナードが油断したのか分からない。

とにかく起こった、レナードのわずかな操作のロス――

ジャックはそれを見逃さず、ついに逆転に成功する。

 

そして最後の直線――

ジャックの視界にレースフラッグを振るニケの輪郭が浮かび上がる。

すると、ジャックは思わずペダルを緩めてしまう。

結果――勝負はレナードの勝利で終わった。

 

第5回 日常

 

導力車レースの結果はレナードの勝利で終わった。

「すごかったわ、ジャック! けど残念だったわね」

駆けつけるハルに苦笑で返すジャック。

 

続いてやって来るレナードとニケ。

ニケは目を瞑り、レナードが怒りの視線をジャックに向ける。

「お前――また手を抜いたな」

 

「そんなつもりは……」

答えに窮するジャック。

決してわざとではなかったが、自覚はあった。

怖くて聞いてはいないが、今はレナードの恋人であろうニケ。

彼女の前で先輩であるレナードに恥をかかせる訳にはいかない。

ゴール前でニケの姿を捉えた時、ジャックは確かに一瞬、そんな風に考えたのだった。

 

そしてこれは昔からだが、ジャックはレナードに目を付けられることを嫌った。

 

キングが特別目をかける、才能の抜きん出た弟弟子――

レナードがジャックを見る時、その目には確かに羨望や恨みの光が宿っていた。

そのためジャックはいつしかレナードに対する時、自分を抑えるようになった。

 

だが――レナードにはそれが我慢ならない。

「(いい気になるなよ、ジャック……!)」

そんな言葉を飲み込み、ギリッと奥歯を噛み締めた。

 

 

 

――レースから3日が経った

 

ジャックとハルは、今日もいつもの酒場にいる。

ちょうど昼時、ハルはホールの仕事に一生懸命だ。

一方ジャックは……基本的にこの時間、奥の私室で寝ている。

 

導力車の運転もそうだが、こう見えて多方面に才能があり、

裏社会を生き抜いて来た者として、ある程度の腕っぷしも備えているジャック。

昔からお世話になっているマスターの好意もあり、

“酒場のお抱えギャンブラー”なんて立場を気取っている。

 

どこまで慕われているかは分からないが、

ジャックには酒場に集うゴロツキどもをまとめ上げるカリスマも備わっていた。

 

だが、酒場でハルが働くようになってから様子が変わった。

なんだかんだで誰もが一目置いていたジャック。

もちろん根っこにあるものは変わらないが、そんなジャックを、ハルは巧みにコントロールし、ゴロツキどもも、そんなハルを支持する。

 

つまり、今この酒場を支配しているのは実質ハルなのだ。

 

「ジャック、マスターがストックの材料が無くなったって。買って来て」

 

「ふあ? なんで俺がそんなこと……」

まだ半分夢の中のジャックが目をこすりながら言う。

 

「いい、ジャック? 働かざるもの食うべからず――

 これが世間の常識よ、裏も表も関係ない。“なんで”じゃなくてそれが当然なの。分かったら、すぐに行ってきて」

 

「くっ……今に見てやがれ……」

そう言いつつも、15以上歳の離れた娘に従ってしまうジャック。

だが口で言うほど悪い気はしていない。

 

とはいえ、それをゴロツキどもに指摘されるのは勘弁ならない。

二人のやり取りを見てニヤついた輩に「おいコラ」と突っかかる。

 

「ジャック!」

 

「はいはい、分かったよ」

ジャックは諦めて買い出しへと出かけた。

店の扉は相変わらず建付(たてつけ)が悪く、いつものように悲鳴のような音を立てる。

 

――少しして、再び扉が悲鳴を上げる。

人の出入りが分かるという点では便利なのだろうか……

ジャックと入れ替わるようにして新しい客がやって来た。

 

それはこの酒場に似つかわしくない美貌の持ち主――女優のニケだった。

 

 

第6回 女同士

「いらっしゃいませ……ってニケさん!?」

 

「フフ、本当にこのボロ酒場で働いているのね。お邪魔するわよ」

ニケが慣れたようにカウンターの席へと足を運ぶ。

ゴロツキどもはニケが放つ色気に生唾を飲みつつ、彼女の一挙一動を黙って見守った。

 

「久しぶりね、マスター。

 ところでここの人たち、少し落ち着いたかしら?」

 

「はは、そうかい? だとしたらハルちゃんのおかげだね」

穏やかな笑顔で答えるマスター。

 

「えっと、マスターも知り合いなんだ。

これはもしかして……なんだけど……ニケさんって、ジャックの……」

 

「ええ、昔の恋人よ」

 

「…………!」

ニケの直球に言葉を詰まらせるハル。

そうだろうなとは思ってはいたが、すぐに認めるとは思わなかったので不意をつかれた形だった。

 

「ふふ、驚くハルちゃんも可愛いわ♡ ねえ、その気があるなら私と同じ女優を目指してみない? ハルちゃんならきっとスターになれるわよ」

 

「あはは……

 でもわたし、そんな柄じゃないし」

ハルはどうにもニケの押しに弱かった。

なかなか自分のペースに持って行くことができない。

ジャックとのことで聞きたいことがいくつもあったのだが……

そして、ニケはそんなハルの気持ちをも看破する。

 

「ふふ、いいわよ。ハルちゃんの気になってること、何でも教えてあげる。

 でもタダではダメ、ギャンブルしましょ。

 ―ただし、私が勝ったら、逆にこちらの質問に答えてもらうわよ」

ハルにはニケの言葉の真意を掴めなかったが、

ギャンブル勝負と聞いて退けない性(さが)は父親譲りだ。ハルは快く引き受けた。

 

 

 

――種目はハルの得意なものでいいということでカードゲーム、

それもブラックジャックに決まった。

 

弱冠15歳にして天才ギャンブラーの資質を見事に開花させたハル。

春を天才たらしめるのは、これまでに積み重ねた血のにじむような努力もそうだが……

その真髄はジャックにはなく、キングにすらなかった類まれなる“記憶力”にあり、

それは彼女ならではの武器だった。

 

場に出たカードから残りのカードを予測する“カードカウンティング“という技術。

これを活かせるブラックジャックはハルにとって非常に相性のいいゲームだ。

 

そして開始する勝負――

ハルはニケのカードの持ち方を見て、“慣れていない”と思った。

 

だがいくつかの勝負を重ねた結果――

最終的なチップの数で負けたのはハル。

 

「まさか“すり替え”ができたなんて……」

 

「ふふ、証拠がなければイカサマとは言わないわよ?」

 

ハルは決して油断はしていなかった。

だが、相手の力量を見誤った。

年の功というのもあるだろう。

ニケはわざと“できない”フリをし、ハルの警戒を解くことに成功したのだった。

 

「フフ……だって私、女優だもの」

そう言って、ニケは不敵に笑った。

 

 

第7回 影

 

「それじゃあハルちゃん、私の質問に答えてくれるわね?」

 

「うん、約束だから」

ハルが潔く首を縦に振る。

 

「ふふ、いい子ね。

 こんなことを聞くのは無神経かもしれないけど……

 7年前、キングから何か受け取ったものはある?」

 

7年前の父の記憶……直後に起きたことを思うとハルの心にはいつでも悲しみが蘇る。

だがそれはジャックと過ごす日々の中で少しずつ和らいでいる。

 

ニケの質問に従って記憶を辿るハル。

思えば……いつもかけている綺麗な宝石の嵌った東方風の首飾りがそれだ。

「この首飾り……これがそう。

7年前、パパが私のお見舞いに来てくれた時にかけてくれたの」

 

「そう、それだけ聞ければ十分よ」

ハルの昔語りを神妙な面持ちで聞くニケ。

「――さてと、そろそろデートの時間だし今日はこの辺で失礼させてもらおうかしら」

そう言ってニケはマスターにチップを渡し、颯爽と酒場を出て行くのだった。

 

なお周りにいたゴロツキたちは……

そんな一連のやり取りをただ静かに見届けることしかできなかった。

 

「それにしても…… ジャックったら遅いわね」

買い出しに出て、もう小一時間は過ぎている。どうせ寄り道でもしているのだろう。

 

それもいつものことと溜息をつき、仕事を再開するハル。

溜まっていたゴミを出すために裏口の扉を開ける。

そのまま外に出た瞬間――突然“影”に覆われた。

 

 

 

「よう! ジャック様のお帰りだぜ」

勢いよく店の扉を開けるジャック。

その音はもはや悲鳴というより絶叫だ。

 

案の定、寄り道をしてきたらしく必要以上の買い物袋を携えている。

 

「ありゃ、ハルはどこへ行ったんだ?」

そういえば、とマスター。

ゴミ出しに出てから、しばらく戻ってこない。

 

――ジャックに嫌な予感がよぎる。

 

急いで裏口に出ると、

そこには散乱したゴミ袋と目立つ位置に一枚のカードが置かれていた。

 

そして表にこう書かれてある――

『ハル君の身柄は預かった。取り返したくば指定の場所へ来い。――レナード』

 

「これは……!」

ジャックはカードを握り潰した。

 

 

第8回 白と黒

 

レナードの指定した場所――

そこは日々白熱したレース観戦が楽しめる共和国でも最大規模の導力車レース場だった。

 

ここでは一応賭博も認められており、それを目的に訪れる客も少なくない。

 

しかも今日は年に数回しかない実力派のレースチームが集うビッグレースの日、

その人出は凄まじい。それに合わせて、賭けの方も配当金の割合が高くなる。

 

「懐かしいな……」

ギャンブラーとしてのカンを磨くため。

そんな理由で、レナードとともにキングによくここへ連れてこられたことを思い出す。

もう10年以上も前のことだ。

 

三人の中で一番的中率が高かったのはレナードだ。

彼は過去のレースのデータを徹底的に集めて分析し、

最も確率が高いであろう結果に多く賭けた。

だがそれゆえに配当率は低くなる傾向になる。

「そんなの面白いか」とよくキングになじられていた。

 

キングは自らの言葉通り、その鋭い観察眼に基づく直感であらゆるレースを次々に当てた。

トータルで稼いだミラの額は文句なしでダントツだった。

 

ジャックはいつも大勝負にこだわった。

安定感こそないが、時にキング以上に冴えわたる直感で、

ダブルオーチケット(配当率が100倍以上の勝利チケット)を何度も当てた。

 

レース場の入り口でそんなことを回想し、

感慨にふけっているジャックの前にレナードの部下らしき黒服の男たちが現れる。

 

「ジャック様、どうぞこちらへ」

 

 

 

レースを至近距離から観戦できるガラス張りのVIPルーム――

そこにレナードとニケ、そして軽く拘束されたハルがいた。

 

「ハル――!」

思わず前のめりになって、声を出すジャック。

すると銃を装備した黒服に牽制される。

 

「フフ、まあそう焦るな。

 よく来たな、ジャック。今日は最高の舞台を整えてやったぞ」

 

「レナード……!」

不敵に構えるレナードに、ジャックは怒りをあらわにする。

 

「フッ、とうとうこの私を呼び捨てか。……だが、それでいい」

レナードは満足げだ。

 

ジャックがニケにも視線を送る。

「ニケ…… お前まで加担していたとはな」

 

「ええ、あなたには悪いけど」

そう言い、ニケはレナードにそっと寄り添う。

 

「もう気付いているだろうが……

 私の目的はハル君が持つキングの“切り札(ジョーカー)”だ」

レナードがハルの首飾りの宝石を掴んで弄ぶ。

 

レナードの言う通り、ジャックは既にその目的に気付いていた。

 

7年前のキングとの大勝負――

ジャックの勝利で決着がついた時、

ハルに伝えて欲しいと頼まれたキングの遺言ともいうべき“キーワード”。

それはキングが隠し持つ“切り札”に施されたロックであり、ジャックはそれを託されたのだ。

……もっとも、当時のジャックにその意味は分からなかったが。

 

「キングの顔は広い――

彼はあらゆる“裏”の人脈に通じており、それは時に“表”ともリンクする。

なあジャック。政治の世界は表と裏――

“白”と“黒”で言うとどちらだ?」

 

「さあな」と受け流すジャックにレナードが続ける。

「答えは――”真っ黒”だ」

 

「キングは実に計算高い男だ。ハル君の首飾りに仕込まれた記憶結晶(メモリークオーツ)――

これに刻まれた、キングのみが知る“闇の交遊録”が持つ力は尋常ではない。

俺はこれを手に入れ、政治家としてさらなる高みへといく。

そしてそのためにはジャック。お前だけが知るキーワードが必要なのだ」

 

「そこまで知っているとは…… ニケ、全てお前の入れ知恵だな」

 

「ええ、そうよ。 だって彼にはもっと羽ばたいて欲しいから」

 

「……何が羽ばたくだ」

ジャックが嘆息する。

 

「人の弱みを握って……それを種にゆすり、手に入れる地位に、一体何の価値がある!

キングが情報を遺したのはあくまで大切な人を守るため、ただそれだけだ」

 

ジャックの言葉がハルの胸に突き刺さる。

だがレナードとニケの二人には響かない。

 

「フフ、あなたのそういうところは嫌いじゃなかったけど……

それじゃあ力を持たない、ただの子供と同じなの」

 

「まあ、この男には何を言っても分かるまいよ。

 だが――そんなお前を完膚なきまでに叩きのめさなくては、俺も寝覚めが悪くてな。

お前が知るキーワードと、ハル君の解放……この2つを賭けて勝負してもらうぞ」

 

――慎重で頭の切れるレナードのことだ。

その態度が勝負に対する絶対の自信をうかがわせる。

だが、ジャックも退く気はさらさらなかった。

 

そうしてジャックとレナードは――

本日満を持して行われるビッグレースにてギャンブル対決を行うことになった。

 

 

第9回 善と悪

 

第1レースがスタートするのは1時間後――

それまで互いに作戦を練ることとなり、ジャックは別の部屋に案内された。

 

なおそれぞれ相談役を一人付けるというルールで、

レナードにはニケが、ジャックにはハルが付くことになった。

 

「ねえ、こうして拘束も解かれたことだし……

このまま逃げちゃうってのはナシかな?」

 

「そうだな、仮に一旦この場から逃げられたとして……

それで諦めるような奴だったら苦労はしない。

それに、次ともなればレナードもいよいよ手段を選ばなくなるだろう。そうなれば……」

 

「う、うん、そうよね……

今言ったことはやっぱりナシってことで」

 

そもそも、レース場にはレナードの部下の黒服たちが各所に配置されている。

逃げるということ自体、とても現実的ではなかった。

 

「ねえ、ジャック…… 

レナードさんって昔からあんな悪い人だったの?」

 

ハルの少女らしい物言いにジャックの表情が思わず緩む。

そもそもギャンブラーなんてのは、ジャックも含めて基本的にろくでなしだが、

それでもまあ、言いたいことは分かる。

キングも、そしてジャックも、裏社会の住人とはいえ、

基本的に人の道を外すようなことだけはしなかった。

それはレナードも、ニケも同様だったのだが……

 

「そう、二人とも昔はあんな風じゃなかったのね」

一体、いつから歯車が狂ったのか……

きっかけは7年前のキングの死で間違いない。

あの後ジャックは腐り、そんな彼に失望したニケが傍から離れ、

レナードはレナードで独自の道を見出した。

 

レナードが政治家になったことは当然すぐにジャックの耳に届いた。

昔から派手好きで、何より目立ちたがりな男だったのでその選択自体、

何となく納得はできた。

だがしばらくすると、徐々に黒い噂も……

もちろん表沙汰にはなっていないが、収賄の嫌疑に始まり、

反社会的勢力との付き合いまで囁かれている。

権力というものは、かくも人を変えてしまうのか。

ジャックはしみじみとそんな風に思った。

 

「それはそうと、ニケさんって本当に美人よね。

実は今でも未練があったりするんでしょ?」

 

「な、なに馬鹿なことを……!」

不意の質問に慌てるジャック。

勝負の時に見せるポーカーフェイスとは大違いだ。

そして自分から聞いておいて何だが……面白くないハル。

 

「と、とにかく…… あちらにニケがいるってこともかなり厄介だ。

昔から、男にツキをもたらす《勝利の女神》なんて呼ばれていたが……」

 

「《勝利の女神》、ねえ。

その“男”ってのは当然、《勝利》のジャック様ってことになるわよね」

 

否定はできない……というよりそれが答えだった。

ニケはジャックやレナードにも負けず劣らず優秀なギャンブルの腕前を持つ。

そして彼女とコンビを組んだジャックは《勝利》の文字通り、

ただの一度も負けたことがなかった。

 

「へえ、コンビでギャンブルか……」

何かを言いたそうなハルだったが、それ以上この話題には触れることはなかった。

 

「それでジャック、向こうが用意してくれたレースのデータを見ておかなくていいの?」

 

「まあ、日頃からレースはチェックはしているし、大体は分かるからな。

それよりも大事なのはレース場の空気感だ。できれば外を見ておきたかったが――

前半戦はこのまま挑むしかなさそうだな」

 

時計を見ると、第1レースの時間が迫っていた。

 

第10回 ルール

 

第1レースの開始15分前、先ほどのVIPルームに戻り、ジャックたちとレナードたちが相対する。

 

ルールはこうだ――

始めはお互い、10万ミラからスタートする。

そして1レースにつき、購入できるチケットは1枚まで。

ただしパスはNG。

毎レース、必ず1枚は買わなければならない。

 

ビッグレースに出走する導力車の数は毎回揃って12台。

 

3位以内に入る番号をどれでもいいから当てる“マルチ”――

もっとも当てやすいがゆえに配当率が一番低い。

 

1位の番号を当てる“シングル”――

マルチより当てるのは難しいが、確率はまだ高めな方で次いで配当率が低い。

 

“デュオ”そして“トリオ”――

それぞれ2位以内、3位以内に入る番号をすべて当てる必要があるが、順位は問わない。

当然確率が低ければ低いほど配当率が高い。

 

最後は”ダブル”と”トリプル”――

それぞれ1~2位、1~3位の番号を順位を含めてピタリと当てなければならない。

特に“トリプル”は当てるのが最も難しく、当然それに合わせて配当率も一番高い。

 

計6種類あるチケット――

これをそれぞれで購入した後、互いに示しあって競い合う。

 

賭けるミラの額にルールはなく、手持ちの中でやりくりさえできれば何でもいい。

ただし、持ち金が0になった時点で敗北が決定する。

 

なお今日行われるレースの数は全部で7回、前半に4回、後半に3回行われる。

中でも後半の3回、特に最後のレースが一番配当率が高い。

 

1レースにかかる時間は、10~15分程度。

必ず一度のピットイン(動力車のEPチャージ、及びタイヤ交換などを行うために整備所へ入ること)を行うことが義務付けされており、その辺りの駆け引きやスピードも勝負の見所となっている。

 

また各チームの背後にあるのはスポンサーである様々な企業や団体の思惑だ。

 

導力車レースとは参加するチームだけでなく、

共和国の数多ある勢力がプライドと評判を賭けて鎬(しのぎ)を削る真剣勝負の舞台でもあった。

 

なお、結果を出したチームには莫大な賞金も支払われる。

 

 

 

そうして改めてルールを確認した後、

ジャックとレナードがそれぞれ第1レースのチケットを購入する。

 

 

第11回 前半戦

 

第1レースが開始する直前、ジャックとレナードが互いにチケットを示す。

 

ハルにも意見を聞いたうえで番号を選んだジャック。

内容は『5-1-3のトリプルに1万ミラ』――

トータルでの勝率が一番高いトップ2に最近勢いのある3番を組み込んだ、

ある程度の手堅さとギャンブル性を兼ね備えたチケットだ。

 

昔と変わらないジャックの買い方に「相変わらずだな」と笑うレナード。

なお彼のチケットは『1-3のデュオに2万ミラ』――

ジャックには意外だった。

 

かつてのレナードであればここは手堅く「1-5のデュオ」、

あるいはもう少し突っ込んで「5-1のダブル」とする所だ。

だがレナードが選んだのは、二番人気の「1」と勢いのある「3」の組み合わせ。

……これはどちらかというと、往年のキングを彷彿とさせる買い方だ。

 

「フフ、私も政治の世界で色々なことを学んできたからな」

動揺を隠しきれないジャックにレナードが語りかける。

 

 

 

そして15分後、第1レースの結果が出た。

1~3着は「3-1-5」――

3番が勢いに乗り、、見事1位の栄冠を手にした形だ。

 

結果、レナードが見事的中し、ジャックは外れ。

ジャックは手持ちを9万に減らし、一方のレナードはいきなり15万近くまで増やした。

 

「ふふ、いきなり当てちゃうなんてすごいわね」

そうねぎらうニケに「これも君のおかげさ」と、その肩を抱き寄せるレナード。

 

そんな二人のやり取りに目をそらすジャック。

「集中して、勝負はこれからよ」とハルに激励される。

だが、いきなりついた6万の差は決して小さくない。

 

第2レース――

ジャックはまたしてもトリプルに1万ミラ、対するレナードは今度は手堅くマルチに。

ただし、先ほど勝った5万ミラを全て賭ける。

 

結果、ジャックははずし、レナードがまたしても的中させる。

ジャックは手持ちを8万に減らし、レナードは17万を超えた。

この時点ですでにその差は倍以上だ。

 

第3レース――

ジャックはまたしてもトリプルに1万ミラ、

対するレナードは多少強気にダブルに2万ミラ。だがこれは両者ともはずした。

 

そして前半を締めくくる、第4レース――

ジャックは懲りずにトリプルに1万ミラ。

その譲らぬ構えにニケとレナードが苦笑するが、ジャックはぶれない。

対するレナードは再びダブルに――今度は3万。

 

結果、何とレナードはまた的中させた。

前半戦を終え、ジャックは残り6万、レナードは……24万強、これでその差は4倍だ。

 

「フフ、今日は本当についている。なあ、ジャック?」

レナードの挑発に無言を貫くジャック。

 

なお後半のレースが開始するまで、約1時間の休憩が挟まる。

ジャックはハルを促し、足早に用意された控え室に向かった。

 

 

 

「ジャック、どうするの? このままじゃ……

後半はもっと確率の高いチケットを……」

 

「いや、それだと仮に当てても逆転は難しい。

弱気になったらその時点で負けだ。だから退くわけにはいかない」

 

「それはそうかもしれないけど……」

 

ジャックもそんな風には言ったものの、具体的な対策については考えあぐねている状態だ。

ただ、もはや直感だけを信じて勝てる状況にないことは明らかだった。

 

「そういえば、データを見ていて気になったことがあるんだけど……」とハル。

数字の羅列を見ていて、何かに気付いたらしい。

 

配当率というのは、基本的に勝率と人気の高いチームが低く、

逆に勝率と人気が低いと高くなる――これが基本だ。

 

だがここで行われるレースギャンブルは、

単純にそれらの計算だけで配当率を決めているわけではない。

たとえば今日のようなビッグレースでは平常時より割り増しの配当率が設定されており、

それだけ客のもらいは大きい。

また万年負け続けるチームは勝率が低いために高配当だが、

それゆえに、逆に人気が集まることもある。

そうなると当然配当率は下がるのだが、下がりすぎないよう計算式が設定されている。

配当率にはドラマを盛り上げるための仕掛け――

言うなれば血の通った設定が施されているのだ。

 

だが、それらを考慮に入れても配当率に違和感のあるチームがあるというハル。

確認すると確かに……

とはいえ、それでも誤差程度の違いなので普通の人間にはまず気付けないレベルの差だが……

 

なおそのチームのドライバーを務めるのは、

未だ破られていない公式レースの連勝記録を保持し、

今も現役を続ける最高齢のベテラン選手――通称《レジェンド》こと、カルロスだ。

だが近年は勝ちから遠のき、“万年二位以下のレジェンド”などと揶揄されている。

実はキングの友人で、ジャックとも過去に面識がある。

 

「サンキューな、ハル。俺はこのまま少し出てくる――

休憩が終わったら、先にVIPルームへ向かっていてくれ」

 

「ちょ、ちょっと……!」

ハルの返事も待たず、ジャックは颯爽とどこかへと消えた。

 

 

第12回 後半戦

 

第5レースが開始する10分前、

VIPルームにはジャックの姿がまだ見当たらなかった。

 

「もしかして一人で逃げたのではないだろうな?」

嘲笑うようにして言い放つレナードに、

「ジャックに限ってそれは絶対にない」とハルが反論する。

 

「ふふ、どうやらご到着のようね」

ニケの言葉通り、ようやくジャックが戻ってくる。

 

「悪いな、ちょっと便所が長くなった」

軽口を叩くジャック。

言葉の少なかった前半戦とは打って変わっていつもの調子を取り戻したようだ。

 

そんなジャックの様子にハルは少し安堵し、急いでチケットを購入するよう促す。

 

第5レース――

ジャックは前半戦に引き続いて強気でトリプルに賭ける、

ただし額は5000ミラと少額だ。

 

「強気と思いきやここで掛け金を下げるとはな」

レナードは表面的には勝ち誇りつつも、

最終レースに資金を温存するというジャックの作戦を見抜き、

内心こざかしいと思った。

ここで攻めの手を緩めるわけにはいかない―

そう考え、勝率の決して高くないチームにシングルで何と10万ミラもの額を賭ける。

 

結果、レナードがまたしても当て、ジャックはハズレ。

今の勝負でレナードは手持ちミラを50万の大台に乗せた。

一方ジャックの残りは5万5000ミラ……

その差は10倍近かった。

 

そして第6レース――

ジャックは先ほどと同様、トリプルに5000ミラ。

レナードは今回のレースを難しいと判断したのか初めて置きに行き、

高確率のデュオで1万ミラに留めた。

 

結果、大方の予想を覆す熱いレースが繰り広げられ、

今日ここまでで一番の名レースとなった。

トリプルでは、ダブルオーチケットまで飛び出したが、結果は、両者ともはずれ。

 

「今のレースでトリプルに賭けていれば……!」

結果論で悔しがるハル。

だがジャックにはもう、最後のレースしか映っていなかった。

 

 

 

――ついにビッグレースのメインイベントであり、

本日の最終レース、第7レースの時間がやって来た。

 

この時点でジャックの手持ちはピッタリ5万ミラ。

レナードの手持ちは、先ほどと大して変わっておらずおよそ50万ミラ。

 

差にして10倍……

ジャックが勝つには、少なくとも10倍を超えるチケットを当てなければならない。

しかもこれはレナードがはずす前提での話だが。

 

なお最後はチケットを互いに示さずレース後に見せる取り決めだった。

その方が盛り上がるという、レナードの提案だ。

 

そして――

レース場のスタートシグナルが赤から青へと変わった。

 

 

第13回 魂の額

 

――最後のレースは第6レース以上に大盛り上がりの展開を見せた。

 

まず一番人気の「4」がマシントラブルでまさかの途中リタイヤ。

それに続いていた二番人気の「3」と三番人気の「6」がそれぞれトラブルに巻き込まれ、

リタイヤとまではいかなかったものの大幅に失速。

 

実質残り9台で展開するレース。

その中でも一番勝率の高い「1」は、「5」の執拗なブロックに遭い、

順位を上げられずにいる。

 

その状態で先頭争いを繰り広げるのは、頭から順に「7」「2」「12」。

なお「12」はカルロス――

“万年2位以下のレジェンド”と呼ばれる男がトップ争いに絡む熱い展開だ。

 

そして最後の勝負所である最終コーナー――

浮き足立ってか微妙に膨らんだ「7」「2」の隙を縫い、

ベテランのカルロスが鋭いハンドル操作で華麗に抜き去る。

 

――結果、第7レースは「12-7-2」で確定。

何と……1位はカルロス。

観客は長年沈黙を続けた《レジェンド》の見事な復活劇に酔いしれ、

今日一番の大歓声で迎えた。

 

そんなレース場の様子をレナードが不機嫌そうな表情で見つめる。

 

「もしかしてはずした?」とハル。

だがレナードは――

「フフ、流石にレジェンドが1位になることまでは予想できなかったものでね。

だが、彼がトップ3に食い込んでくれることは信じていた。

私が買ったのは、2‐7-12の“トリオ”……120倍のダブルオーチケットだ」

「…………!」

ジャックとハルに衝撃が走る。

しかもレナードは40万ミラを投入――実に4800万ミラの払い戻しだ。

「フフ、驚いて言葉も出ないようだな」

「ええ、どうやらそうみたい」

 

レナードとニケが勝ち誇る。だが――

「って、なんちゃって」

ハルが舌を出し、ジャックが続く。

「ああ、驚いたのはフリだフリ」

 

「何が言いたい?」「まさか――」

訝しがるレナードとニケに向かってジャックが言い放つ。

 

「俺が買ったのは12-7-2の“トリプル”――

1100倍のトリプルオーチケットだ!」

 

「…………………!!」

レナードとニケが絶句する。

 

トリプルオーチケットとは、その名の通り配当率が1000倍以上となるチケット――

ダブルオーチケットが数ヶ月に一度出るか出ないかだとすれば、

こちらは数年に1度出るか出ないかという極めてレアなチケットだ。

それによりジャックが手にする額は5500万ミラ……

レナードの4810万を上回る。

 

「貴様、なぜそんな……!」

 

「俺にそれを聞くってことは自らの不正を認めたようなもんだぜ。

だがそれでも知りたいってんなら教えてやる。

俺はな、レナード。カルロスを買収したのさ」

 

「買収、だと……」

 

「ああ、実はさっき知り合いに同じチケットを買うように手配してきたんだ。

元手は俺の信用でその場でかき集めた10万ミラ……

これが1100倍で、締めて1億1000万ミラ。

こいつをそっくりそのままやるって言ったのさ」

 

「バカな、奴にはちゃんと定期的に……

いくら大金とはいえ、なぜそんな目の前の利益に……!」

 

「いいかレナード……

確かに人の心ってのは、ミラで買えることもあるだろう。

だが、“魂”ってやつだけはいくらミラを積もうと買えはしない。

カルロスが俺との取り引きに応じたのがいい証拠……

本当はもっと前から手を引きたかったんだと思うぜ」

 

「くっ、知ったような口を……」

 

「だが流石はレジェンド……

何人かで結託していたとはいえ、いつも後方からレース展開を操っていたとは。

まったく、恐れ入るぜ」

 

「でもレナードさんは順位まで含めて指定してたんだよね?

だったらなんで“トリプル”じゃなくて“トリオ”なの?

しかも、最後に全額じゃなくて10万ミラを残すとか……」

 

「それはまあ、“保険”ってことだろう」

 

……図星だった。

勝負に勝つための種をいくら仕込んだ所で、不確定要素を完全に取り去ることはできない。

あらゆる手を尽くした上で、かつ最も確実な手段を取る……

それがレナードのやり方だった。

 

「ふぅん、でもそれで足をすくわれてたんじゃあしょうがないわよね。

全額賭けていれば、ジャックに勝ってたのに」

 

「な、なに……」

すぐさま計算し、事実に気付くレナード。最後に50万、全額を賭けていれば6000万、

ジャックが手にした5500万を超える

 

「……そうだ、これは手違いだ。

実際にチケットを買った部下が番号を聞き間違えたのだ……!

だから私は負けていない……!」

 

「――そのくらいにしておいたら?」

それはニケの言葉だった。

 

「レナード……

あなたさっきのレースで一番人気のマシンに細工をしたわよね?

証拠は見事に隠滅されていたけど……

やると分かってマークしていれば話は別よ。

残念だけどレナード……

あなたの悪事はとうとう白日の下にさらされてしまった」

 

「何のつもりだ……

お前は一体何を言っている?」

 

「ま、それはこれを見れば分かるわ。

――入りなさい」

 

ニケの合図でVIPルームにレナードの部下たちとは異なる黒服たちが入ってくる。

そしてレナードとそのボディガードを取り囲む。

「観念しろ、レナード!

既に他の部下たちは無力化した!」

 

「ニケ、これは一体……」

ジャックの疑問に、ニケが懐から取り出した眼鏡をかけて答える。

 

「ふふ、改めて自己紹介させてもらうわね。

大統領府直属の諜報機関・《ロックスミス機関》のスタッフ……

それが今の私の“本当の肩書き”よ」

 

……ジャックとハルはただただ面をくらった。

 

 

最終回 その後の三人

 

あの直後――

ニケが率いる《ロックスミス機関》の精鋭の前にレナードは成す術なくして捕らえられた。

容疑は先日のビッグレース・7つのレース全てに対しての八百長と特定のチームへの妨害・器物破損罪。

余罪はそれ以外にも多々あるらしく、これからじっくりと取り調べられるそうだ。

なおその罪は当然、あの第7レースで奇跡の復活劇を果たしたカルロスも同様……

共犯者として裁かれることになる。

 

そしてあれから一週間がたった東方人街のボロ酒場。

そのカウンターでジャックは珍しくニュース紙を手に取り、

レナード逮捕の記事を改めて確認していた。

カウンターの内側では、ハルがバーテンの真似事――いや練習をしている。

 

「そういえば、ジャック。あの時の5500万って……」

 

「ああ、どうやらあれも不正に手にしたミラって扱いになるらしくてな。

あの後、ニケの奴に没収されちまった」

 

「そう、ちょびっとだけ残念ね」

 

「はは、確かに」

なお知り合いに頼んだ1億1000万の方は無事だったが約束通りいつかカルロスに渡すと決めている。

 

「……それで、記憶結晶(メモリークオーツ)に関しては本当にあれでよかったのか?」

 

「うん、だってまたあれが原因で狙われたくないし」

 

レナードが欲した、キングの遺した闇の交遊録……

その扱いについてはハルに判断を任せ、ハルはニケに渡すという選択をした。

 

いつかハルが闇の世界と関わりを持ってしまった時、

身を守るための切り札として使える情報――

そんなキングの親心だったが、

その存在自体が明るみになった時点で少女が持つには危険すぎた。

 

ちなみにこの切り札――キングの形見の話を知るのはジャックとニケの二人だけだった。

もっとも首飾りに仕込まれていることはジャックだけの秘密だったのだが……

先日この酒場に来た時、ニケはハルとの賭けに勝つことでそれを知ったのだった。

 

ニケの現在の素性を知った今、

レナードの逮捕よりもむしろそちらを手に入れることの方が狙い――

今さらながら、ジャックにはそんな風に思えた。

 

「で、結局ロックを解除するキーワードというのは何だったの?」

 

「知りたいか……?」

 

「もちろん」

 

「――HALLE MY LOVE.(愛しのハル)

まったく、親バカのキングらしいよな」

 

「あ……」

キングの想いに触れ、不意を突かれたのか、ハルの目から一筋の涙が零れた。

ギャンブルに関しては天才だが……

それ以外に関してはまだまだ歳相応の娘に過ぎない。

 

「それはそうとジャック。お願いがあるんだけど……」

 

涙をぬぐってそうハルが言いかけた時、

店の扉がそろそろ限界と言わんばかりの悲鳴を上げ、酒場に新たな客を運んでくる。

 

やって来たのは――

活動的なパンツルックで、眼鏡をかけたニケ。

 

「久しぶりね、ジャック。今日はあなたに話があって来たの。

よければまた、私とコンビを組まない?」

 

「ちょ、ちょっとニケさん!? それは今わたしが……」

慌てるハル。

どうやら今まさに、同じことを言おうとしていたらしい。

 

何だかまた騒がしいことになりそうだ……

ジャックは頭を抱えた。

<END>