陽溜りのアニエス
エドウィン・アーノルドがその少女に勝てたことは一度としてなかった。少なくとも覚えている限りは一度もだ。腕っ節には自信があったし、これでもそこそこ頭も切れる……つもりなのだが、出会った瞬間から今日まで、ぐぅの音も出ないほど負け続けている。 そう…
魔力を放ったモンテニューはますます酔っていた。この力を得てからというもの、もう本当に本当に大変なのさ。誰かを苦しめたくて苦しめたくて、殺したくて殺したくて、ああ楽しくて楽しくて仕方がない! 「私にそうさせたのはこの力だぞ?これもすべて魔法使…
あーあ、あいつ何やってるんだか。エドウィンは真っ暗な意識の中でそんなことを思った。 アニエスが泣いている。泣きじゃくりながらめちゃくちゃに、なにかに殴りかかっているみたいだ。でも我を忘れたアニエスのビジョンは、すぐに弾き飛ばされてしまって、…
エドウィンは誰かを尾行しているようだった。そのへたくそな素振りにアニエスは何度も腹を立てた。もう、そんなのじゃ見つかっちゃうわよ! でも尾行している相手の姿はアニエスの位置からは見えず、結局そのまま、何事もなく丘の上まで来てしまった。 何か…
大時計が2回鳴るのを待って、アニエスはそっと部屋を抜け出した。外から差し込む月明かりを頼りに薄暗いカウンターを抜け、ドアへ向かう。内鍵を外して深夜の冷気の中へと滑り出た。 あの後もう一度だけタロットを引いた。占う内容は「自分がいつ行動を起こ…
ティセという 少女は見た目よりも幼いみたいで、カードの意味を1枚1枚知りたがった。 カウンター席に並んで座り、ティセに読み聞かせるようにして、アニエスはタロットを進めていく。結果は……うん、悪くない。 「 そうね、私の見たところ…… ティセちゃんの…
通信社から戻ってきても、まだアニエスは落ち着かなかった。……エドウィンがおかしい。いつもはあんなに単純で分かりやすいのに! 調子を整えるためにカウンターを拭いて、グラスとスプーンとフォークセットを並べなおしたが、やっぱり心のざわめきは収まらな…
モンテニューの話はこうだった。遥か昔、聖典にある創世の時代、人類には魔法を自由に扱う力が備わっていたのだという。だが長い年月の間でその力は失われ、いまや人々は導力器の助けなしに魔法を使うことは出来ない。それが当然となってしまった。 その失わ…
アニエスを通信社に届けた後、先輩記者たちに率いられたエドウィンは、アンカーヴィルの街で一番の大会館に来ていた。今日ここでウェーバーハルト氏の膨大な遺産について会見がある。さあ、取材をしようじゃないか! 席とりをしておけと言われ、会見室へ急い…
月が変わってその年の7月4日、エドウィン・アーノルドは記念すべき人生初の会見取材に臨もうとしていた。といっても、もちろん、政治班の取材の手伝いである。先月急死した大文化人、ウェーバーハルト氏の遺産を巡る問題がこじれており、世間の耳目を集めて…
エドウィンはまた1人、また1人と乗客を助け出していた。バスの車体が市場の一角につっこんだお陰で現場はパニックだった。その上ぶつけられた方のトラックが、何か燃えやすい物を運んでいたらしい。肌を焼く熱風と煙が押し寄せてきて、エドウィンは激しく…
「……アニエスッ!!」飛び出した1ブロック先を目指して全力で駆け出した。足には自信がある。ついでに目もいい。目前の光景の中に、確かにアニエスはいた。が、それは一瞬こっちを見て、エドウィンが混乱する人々とぶつかっている間に消えてしまった。なっ……
アンカーヴィルといえば、カルバード共和国でもそこそこの大都市と言っていい。さすがに首都ほどではないものの、それなりの企業が集まり、また山あいに向かって順序よく立ち並ぶ白い街並みや、大河に面した港や市場たちがこの街を大きく見せている。 その市…
エドウィン・アーノルドがその少女に勝てたことは一度としてなかった。少なくとも覚えている限りは一度もだ。腕っ節には自信があったし、これでもそこそこ頭も切れる……つもりなのだが、出会った瞬間から今日まで、ぐぅの音も出ないほど負け続けている。 そう…