徒然雑記帳

ゲームプレイを中心に綴っていくだけのブログ。他、ゲーム内資料保管庫としてほいほい投げます。極稀に考察とかする…かな?お気軽に読んでいってください。

さよならを言えたら 最終回【哀悼の蝶】

 ただ、昔のようにおもちゃを手に取って一緒に笑い合いたかっただけだった。サイにとっては、ありふれた当然の願い。しかし自然の摂理からすれば、人の身では届くはずのない無謀な願いだった。今となっては忌々しい存在となり下がった装置を抱えながら、サイは街中の人々を殺した罪に、ただただ絶望していた。

「どこで間違えたっていうんだ? どうすれば許されるんだ?

 誰か……誰か応えてくれ……」

 その時、幽かにではあるが肩に何かが触れた気がした。誰かを求めるあまり、自分で勝手に作り上げた幻覚かもしれない。それでもサイは期待を込めて自分の肩を確認する。

「なんだ……やっぱり気のせいか、ははは……」

 期待したような誰かの手も、風に舞う落ち葉さえも無い。自分が馬鹿らしくなったサイの口からは、自然と乾いた笑いが込み上げていた。

「ようやく笑ってくれたけど

 楽しくなさそうだね、サイお兄ちゃん」

 突然、少し拗ねたような少女の声が聞こえた。忘れる訳もない――それは親友マルタの声。

「マルタなのか!? そこにいるなら姿を見せてくれ!」

 幻覚でもなんでもいい、今は自分を一人だと思いたくなかった。サイは無人と化した街を縋るように見回す。しかし依然として人影が現れることは無い。それでも、彼が求めてやまなかった彼女の声だけは近くに感じる。

「サイお兄ちゃんってば、ずっと泣いてるんだもん。

 いつ笑ってくれるのかなぁと思ってたんだよ」

「泣いてなんかいないよ。 

 だって君と二度と会えなくなった訳じゃない。

 またいつか会えるのに、悲しむ必要なんて無いんだから」

 そう言いつつサイが自分の目元を触ると、濡れた頬を伝ってとめどなく涙が溢れていた。いつから泣いていたのかと振り返ってみれば、ずっと昔から泣いていたような気もする。

「ああそうか――本当は、僕も初めから分かっていたんだ。

 もう君と二度と笑い合えないってことを」

 そう呟くと、自分が休むこと無く研究に明け暮れて、わざと盲目的に生きてきた30余年の理由に納得がいった。

「昔はおもちゃ作りが楽しかった。

 皆が笑ってくれるだけで楽しかったよ。

 だけどそれは全部、僕の一番の友達のマルタが側で一緒に笑っていてくれたから楽しかったんだ。

 だから、君がいない現実を認めたくなかった僕は、まだ君がいると信じたかった。

 だけど――君はもう、死んでしまったんだねマルタ」

 サイは自分でも気が付かなかった心の内を虚空に向かって語りかけた。言い終わると同時に、今まで感じることの無かった陽の光の眩しさに目が眩みサイは目を閉じる。長い間研究に没頭していた彼にとっては朝も夜も関係なく、天気を気に掛ける余裕など無かったのだ。陽射しの暖かさに慣れた頃に目を開けると――そこには、膝をついたサイと同じくらいの背丈の女の子、マルタが居た。

「うん。マルタも悲しいけど、一緒に笑い合うことはできない。

 だけどね、サイお兄ちゃんがちゃんと前を向いて生きてくれたら、マルタはそこにいるんだよ」

 そう言って、泣き止んだサイの顔を覗き込んで微笑む姿は昔のままだった。

「前を向いて生きないと、一緒にいてくれないのかい。

 ――どうりで、今まで寂しかった訳だ」

 マルタの笑顔につられて、サイも自然と微笑む。

「うーん、この装置みたいな物はおもちゃじゃないの?

 サイお兄ちゃんはおもちゃ作り以外ダメダメなんだから、無理しない方がいいよ」

「そうだね、本当に僕はおもちゃ作り以外失敗ばっかりだ……」

 そうして他愛もない会話をしながら、互いに互いの笑顔を見られたことが嬉しくて2人はしばらく笑い合った。

                    ◇

 白昼夢のような暖かい時間はゆっくりと過ぎて行った。冷え切ったこの街で、2人の声だけが熱を持っている。交わす言葉の切れ間にふと感じる街の静けさが、サイを夢から醒まさせるようだった。

「……まだ皆が戻れるうちに、オバケから戻してあげないと。

 マルタね、空の女神さまにお願いしてたの。

 サイお兄ちゃんは悪い事をしようとしていたんじゃないです、許してくださいって。

 そしたら、さよならを言えたら許してくれるって言ってたよ」

 サイの不安を感じてか、彼から一歩後ろに下がり寂しそうに笑う。

「だから……ばいばい、サイお兄ちゃん。

 楽しそうにしているお兄ちゃんが好きだよ」

 サイは立ち上がって、マルタを真っ直ぐにとらえながら言葉を告げた。

「ありがとうマルタ。また会うことが出来て嬉しかった。

 君に応援してもらえるような生き方をするから、どうか見ていてほしい」

 サイは自分の頬を熱い涙が濡らしていることに気が付いた。

長い年月をかけて求めていた奇跡が、自分の一言で終わってしまう。この時を手放したくないと心が喚いていた。それでも、今を生きていこうとする覚悟の芽生えが、彼の口を動かす。

「それじゃあ――――ばいばい、マルタ」

 サイが精一杯の笑顔を作って言い終わると同時に、街の空気がパキパキと軋みを上げた。命の気配が色濃くなるにつれて、笑顔で手を振るマルタの輪郭は、陽の光に溶け込んで消えて行くのだった。

                    ◇

 気が付くと、サイは大勢の人が行き交う街の喧騒の中に立っていた。何ことも無かったかのように過ごす街の人々の様子を見届けてから、発明品を抱えて家路につく。

 すると、公園の近くを通りがかった時に子どもの声がサイを引き留めた。どうやら彼が持っている装置が珍しかったようで、「なにそれー?」「どう使うのー?」

 と無邪気に問いかけてくる。サイはその場で腰を下ろし、30年かけて作り上げた装置を解体して簡単なおもちゃを作った。

「ほら、導力仕掛けの蝶だよ。

 風に乗ってどこまでも飛んで行けるんだ」

「すごい!」「どっちが遠くまで飛んでいくか競争しようぜ!」

 子どもたちは口々に声を上げて、サイが作ったおもちゃを手に取って行く。青空に舞う導力仕掛けの蝶を眺めながら、サイは子ども達と一緒に笑い合うのだった。

 

←前巻