さよならを言えたら 上巻 【今は遠い日々】
「こんなはずじゃなかったんだ――」
サイは自分がしたことを後悔していた。人生をかけて作った、持てる技術の集大成とも呼べる発明品。それがようやく完成した今、彼はこんな物作るのではなかったと嘆いている。どこで間違えたのかは分からない。しかし、どこかで間違えてしまった事だけは確かだった。
◇
時は彼が若かった頃まで遡る。サイは物作りが大好きな少年だった。その中でもとりわけおもちゃ作りが大好きで、寝る間を惜しんでおもちゃを発明する生活を送っていた。街の大人たちは彼の作るおもちゃが理解できず、彼を変わり者扱いして遠ざける。一方子どもたちはというと、誰もがサイのおもちゃで遊び、彼がおもちゃを配るために公園を訪れる日を指折り数えるほど、彼と彼の作るおもちゃが大好きだった。
「次はどんな新しいおもちゃを作るの?」
少女は少し大きい机に腕を乗せて、サイに教えて教えてとせがむ。
「そうだなぁ、どこを歩いても物凄く滑る靴なんてどうかな?」
「わぁ、どこでも滑れるの! 絶対楽しいよ!
そうだ、滑った所に色が付いたらもっと楽しくなるんじゃない?」
そう言って快活に飛び跳ねる少女の名はマルタ。栗色のくせっ毛が可愛らしい少女だった。サイの作るおもちゃの一番のファンであり、同時にアドバイスをくれる友達だ。ほぼ毎日彼の家に来ては、おもちゃ作りをするサイの様子を眺めている。サイが自分を見ていて楽しいのかと尋ねると、マルタは
「楽しそうにおもちゃ作りをしてるサイのお兄ちゃんを見てると、私も楽しくなるんだもん!」
と返すのだった。
◇
今日は完成したおもちゃを公園で子供たちに配る日。お金にならない事は分かっている。それでもサイは、喜んでもらえるだけで嬉しかったのだ。奇異の目を向けてくる大人たちの間をサイはおもちゃを両手いっぱいに抱えて歩き出す。
「おーい、サイお兄ちゃん!」
遠くから彼を呼ぶ声が聞こえた。人混みに紛れてよく見えないが、その声は間違いなくマルタのものだ。彼女もサイが配るおもちゃを買うため、公園に向かっているに違いない。サイは来た道を少し戻りマルタの姿を探すと、大人たちの波に揉まれて前に進めない様子の彼女を発見する。今日は何でこんなに街の通りが混んでいるんだろう。ふと、そう思ったサイが人混みに耳を澄ませると「早く逃げろ」といった怒声が遠くから聞こえてきた。
「マルタ、早くこっちにおいで!」
両手いっぱいに抱えた新作のおもちゃを手放してマルタの方に手を伸ばす。それに気が付いた彼女も手を伸ばした、その時だった。――馬車を引いたまま暴れた馬がサイの目の前の人混みを轢いて行ったのだ。
◇
土砂降りの雨の中、サイは静かにお墓の前にかがみこんでいた。
「マルタ、僕の作ったおもちゃで遊んでくれないのかい」
冷たく鎮座する墓石は何も答えない。
「また、僕が作ったおもちゃにアドバイスをおくれよ。
また、一緒に笑い合っておくれよ」
そう語りかけるサイの目からは絶え間なく涙が溢れていた。
しかし、自分が涙を流している事に気付いていない。
「だから少し待っていてくれ。僕が必ず、今の君にも遊べるおもちゃを作ってみせるからね」