徒然雑記帳

ゲームプレイを中心に綴っていくだけのブログ。他、ゲーム内資料保管庫としてほいほい投げます。極稀に考察とかする…かな?お気軽に読んでいってください。

人でなしのエドガー 第10巻 「人でなしのエドガー」

「ここに、エドガーという青年はいるかい?」

 予期していなかった名前に、顔が強張る。

「普段はこの食堂にいると教えられて来たのだが」

「彼は、もう……」

 そう言いかけて、止めた。

「今日は、まだ来てませんよ」

「そうか。ヘンリーくんは?」

 首を振ると男性は残念がった。魚が描かれた上着が目につく。

「どちらかでも顔を見せたら、宿にいると伝えて欲しい」

 承知したことに後悔したが、すでに立ち去った後だった。

 

 

 その夜。エドガーさんの姿を見ることなく、店は閉まった。

この1日が当たり前になる。終わらない夜が続く気分だった。

「普通に働いてたんだな」

 掃除が終わり外へ出ると、ヘンリーさんが立っていた。

「何か用ですか?」

 ヘンリーさんは黙って、折りたたまれた紙を差し出した。

「中は見てないからな」

 帰るのかと思いきや、背中を向けて立ち止まっている。

 開いた用紙には、文章がたどたどしい字で綴られていた。

 

『初めて、手紙を書きました。

 言いたいことがまとまらないけれど、許してください。

 機械には“忘れる”という概念は存在しません。

 正確に記録する。正確に記録を削除する。それだけ。

 そんな無機質なぼくには、忘れることは決して悪いこと、

 後悔することばかりじゃないように思えていました。

 

 でも今、これを書いている瞬間は、不思議と“忘れたくない”気持ちが湧いてくるんです。

 

 このぼくを……心臓の鼓動も、流れる血も持たないぼくを1体じゃなく、

 1人として見てくれた君に出会えたから。

 

 

 ただの傀儡で生を受けた存在に、彩を与えてくれたから。

 ありがとう。

 

 そんな君を失望させる別れ方になってしまった。

 ごめんなさい。許しを請うには、嘘が大きすぎるね。

 ただどうか、ヘンリーのことは怒らないでほしい。

 

 最後に、ずっと変わらず胸に抱いてきた、この想いを。

 ――君に幸多かれ。そう祈ろう』

 

「……ッ」

 紙をギュッと握りしめて、私は泣き崩れた。

 声を殺しきれず、夜の街に響き渡ろうが構わなかった。

 通りかかった人に不審に思われようが、どうでも良かった。

エドガーさん……」

 呼びなれた彼の名を口にし、立ち上がる。

ヘンリーさんはこちらを向いて、苦しそうな表情をしている。

「力を貸してください」

 彼は私と視線を合わせた。

「少しだけでいいんです。あなたの立場は分かっています」

 

 ヘンリーさんに案内された扉の前に私は1人で立っている。

「俺にできるのはここまでだ」と、連れてきてくれた。

 別れ際に、夕方にやってきた中年の男性の来客を伝えると、何かを思ったように険しい表情で立ち去って行った。

 けれど、今はもうどうでも良かった。

 私は深呼吸を1つして、ドアノブを引いた。

「!? なんだ、おまえは」

 白衣の研究者たちが、一斉に振り返る。

彼らが見つめていた先には、台に横になるエドガーさん。

「どうやって入ってきた! 立ち入り禁止だぞ!」

 怒声に怯まず、前へと進み出る。

エドガーさんを返してください」

 数人が目を合わせ、せせら笑う。

「君か。研究所に乗りこんできた少女というのは」

「すでにエドガーのデータは回収し、分析中だよ」

「残念ながら、君が出会ったエドガー青年はもう存在しない」

「……彼が抱いていた気持ちに、目を向けてください」

 声が震えているのが情けなかった。

人工知能は人間とは違う。技術の集大成であり、道具だ」

「……科学は、道具を生み出すだけがすべてですか」

「なんだと?」

「彼が身につけたものを、もっとよく知ってください。

 彼が行動し、発した言葉から生まれた絆を見てください。

 彼によって繋げられた人の輪を無視しないでください」

「わたしからもお願いしたい」

 突然部屋に入ってきたのは、夕方に出会ったあの男性。

「わたしも彼との話が終わってない。伝えるべき礼もある」

「い、一般人がぞろぞろと。警備員は何をしてる!」

「ともかく、たかが感傷的な理由で研究成果は手放さないぞ」

「そうだ、この結論は変わらない」

「感情論がダメなら、ちゃんと手続きを踏めばいいのかい?」

 男性の話を聞きながら、私は廊下からの足音を耳にした。

「釣公師団から、正式に遊撃士協会へ依頼をさせてもらった。エドガー氏の身柄の返還をな」

 男性の言葉に、研究員たちの顔色が変わる。

「ふぅ。エドガーのために、どうにか間に合ったみたいだな」

「ええ。こんなに早く渓谷での恩を返せる時が来るなんてね」

 現れたのは、ボリスさんとベラさんの2人だった。

エドガーくんがどれだけ慕われているかも、これで分かってもらえるんじゃないかな?」

「どうかお願いします。エドガーさんを返してください」

 こちら側の増援に、研究員たちはたじろぎ始めた。

「し、しかし。君たちはリスクを考えていない。

 人工知能に自我が発達したら、管理下に置けなくなるんだ」

「そうだ。万が一、我々の下から離れることがあれば、どこで何を起こすか分からない。

悪用される可能性もある」

「それはッ……」

 この状況でも研究員たちは断固として譲る気配は無く、

私たちは口を閉じるしかなかった。

「じゃあ、1つ提案させてもらいたい」

 背後の声。振り返った先にいたのは、ヘンリーさんだった。

 

 長い眠りから覚めて、思考も意識も動きが悪い。宿舎の天井をしばらく見つめた後、

ベッドの傍へ視線を移す。

 こちらに微笑むクレムがいた。

 ぼくは後に事情を知った。みんなの働きのおかげで、人格が戻されたこと。この町を離れない条件で、生活する権利が与えられたこと。……その条件をクレムも望み、彼女をこの町に縛りつける結果になってしまったこと。

 

 騒動の翌朝。

 ずっと聞きたいと願っていた彼女の言葉を、ぼくは忘れない。

「おはよう」

《完》

 

 

←前話