人形の騎士
王宮の午後は、中庭での茶会で始まります。 女王陛下はいつものようにポットを傾けて 2つのカップに、紅茶を注ぎわけました。 『さ、どうぞ召しあがれ』 『いただきます』 カップを手にした少年の後ろには 蒼い甲冑を身につけた騎士がいました。 ただし、彼…
少年少女と、1体の人形が 足取りも軽く王都に向かった頃・・・ 仮面の人形師は、焦げた人形に乗って 深い森をひた走りに進んでいました。 ふと立ち止まって、木陰に語りかけます。 『いるんでしょ、カプリ爺さん?』 『ふん。気付いておったか・・・』 ペド…
炎の中から蒼騎士が立ち上がりました。 その肩越しに、ペドロと王女が 元気な姿を覗かせています。 荒ぶる炎を吹き飛ばしたもの。 それは、両手持ちの大剣でした。 幅広の刃を、風車のごとく回転させると 蒼騎士の頭上に、火焔の蝶が舞い散ります。 それは、…
舞い落ちる真紅の翼。 仮面の人形師は、あわてた動作で 蒼騎士との間合いをとりました。 『ね、このあたりで休戦にしない?』 無理を承知で、ペドロは提案しました。 案の定、嬉しそうな声が返ってきます。 『冗談を言ってもらっちゃ困るなぁ。 こんな面白い…
交わりあう白刃と凶爪。 めまぐるしく入れ替わる赤と青。 闘いの火蓋が切って落とされました。 『へぇ、動きが良くなったね?』 驚いたことに、蒼騎士の動きは 紅い悪魔人形《カラミティ》を ほんの少し上回っているようでした。 『バラバラに壊してやったの…
しなやかな豹のように 窓から滑り込んできたのは 蒼い甲冑を身につけた、長身の騎士。 そして、帽子をかぶった小柄な少年でした。 『ティーア様、すみません。 ちょっと遅れてしまいました』 『ペドロ様・・・ やっぱり、来てくださいましたね』 泣き笑いの…
深紅の絨毯敷きの、贅を尽くした部屋。 郊外にあるガストン公爵の別邸・・・ 『いいザマだ、ティーア』 満足そうな表情で、ガストン公爵は 椅子に縛られた王女をねめつけました。 『今日の戴冠式 どうするおつもりですか?』 静かな声で、ティーア姫が訊ねま…
『殿下は、蒼騎士の正体に気付いておられた。 それなのに、あえて知らぬフリをされたのじゃ。 お前は本当に、その理由が判らんのか?』 『そ、それは・・・』 不意に、脳裏にひらめくものがありました。 "ペドロ様は、黙っててください" そう言った時の、ど…
翌朝、ペドロが目を覚ますと そこは人形工房の自室でした。 使い慣れた、ほどよい硬さのベッドに 夢だったのかと安堵するペドロ。 『おお、身体の調子はどうじゃ?』 工房からカプリが声をかけてきました。 奥にある工作台の上には バラバラになった青い部品…
『この身をあなたに預けます。 そのかわり、これ以上の暴挙は許しません!』 凛としたティーア姫の言葉に 人形師は、音を立てて舌なめずりしました。 『護衛ごときを、身を挺してかばうの? うふふーん、泣かせるお姫様じゃないか』 『い、いけません、ティ…
悪魔人形《カラミティ》が地を蹴りました。 反動をつけて、一瞬で間合いを詰めてきます。 ペドロの反応が、ほんの少し遅れました。 後ろの王女に悟られたくなかったからです。 そこに生じた、わずかなスキが致命的でした。 まず、剣が宙にはじかれました。 …
『ティーア様、下がって!』 ペドロは、王女を背中にかばいながら 紅い悪魔の右隣に、蒼騎士を走らせました。 仮面の人形師の死角になった場所です。 ふり向きざま、重さをのせた一撃を放ちます。 剣尖は、翼の根元に吸い込まれていきました。 刹那、悪魔の…
さみしそうな王女の口調に ペドロの胸が、とくんと高鳴りました。 『武者修行の身なれば・・・申しわけない』 『いいえ、私の方こそ。 こんなことでは、立派な女王になれませんね』 王女はにっこりと微笑みました。 人形操りも忘れて、ペドロは顔を伏せまし…
王宮の午後は、中庭での茶会で始まります。 王女はいつものようにポットを傾けて 3つのカップに、紅茶を注ぎわけました。 『さ、どうぞ召しあがれ』 『かたじけない』 『いただきます』 ペドロは左手で蒼騎士を動かしながら 王女が淹れてくれた紅茶をすすり…
『なんと悪運の強い娘だ!』 蝋燭のゆらめく薄暗い居室。 ガストン公爵は忌々しげに罵りました。 姪への情はこれっぽっちも感じられません。 『このまま戴冠式を迎えさせるものか! ペドロという騎士、なんとか始末できんのか?』 『あれほどの手練(てだれ…
王女の護衛は、予想以上に大変でした。 なにしろ、毎日のように ならず者が送り込まれてくるのです。 そのうちに、年が近いこともあってか ティーア姫は、従者を装うペドロにも 親しく声をかけるようになりました。 王女の信頼は嬉しかったのですが 蒼騎士の…
『戴冠式が終わるまでの2週間 私を守ってくださいませんか?』 王宮の謁見の間。 ティーア姫は、真剣な面持ちで頼んできました。 もちろんペドロではなく、蒼騎士に向かってです。 『拙者ごときを頼みとせずとも 近衛騎士がおられるのではないか?』 蒼騎士…
黒装束が襲ってきました。 右上段から、袈裟にかけると見せかけて 手首をひるがえした、抜き胴を払ってきます。 フェイントを読んだペドロは、糸を引きました。 蒼騎士は、半歩さがって水平の斬撃をのがれ 剣尖の伸びきった刀身を打ち落としました。 『ば、…
森の奥から、影のように現れた蒼騎士を見て 女の子を襲っていた男たちは目を丸くしました。 『娘を置いて、立ち去るがいい』 蒼騎士は、兜の奥から警告を発しました。 人形師の奥義のひとつとして 老師匠から叩き込まれた腹話術です。 『なんだァ・・・テメ…
ペドロは《蒼騎士》をつれて都を訪れました。 戴冠式をひかえ、にわかに活気づいた街角。 道行く人々が好奇の視線を投げかけてきます。 『なんと立派な騎士様だろうねぇ』 『さぞかし名高い英雄にちがいあるまい』 『戴冠式に出席されるのかな?』 澄ました…
ペドロが、王都の郊外にある 人形工房で働くようになってから またたくまに3年の月日が過ぎ去りました。 人形師カプリの指導のもと からくり人形を組み立てる技術と 人形をあやつる技術を学んだペドロは 修行の成果に、1体の人形を組上げました。 それは、…
むかーし、むかし。 ある小さな村に、1人の少年が住んでいました。 年の頃は13くらい。名前をペドロといいます。 ペドロは小柄で、力も強くなかったのですが 手先の器用さは誰もが舌を巻くほどでした。 使い慣れた小さなノミを魔法のように動かすと あっ…