徒然雑記帳

ゲームプレイを中心に綴っていくだけのブログ。他、ゲーム内資料保管庫としてほいほい投げます。極稀に考察とかする…かな?お気軽に読んでいってください。

人でなしのエドガー 第6巻 「守りたいもの」

「人の記憶って不器用だよね」

 遠くから、君の声がする。

「嬉しいことも嫌なこともぼんやりと覚えていて、

年を取りながら気づかないうちに順番に忘れていく」

「……」

「でも、苦い思い出の方が頭に残ってることが多いのは、神様からの戒めなのかな」

「……」

「それなら、不器用なりにその瞬間と瞬間を、あなたと共有したいと思う。

 思い出すことも忘れることも、ずっとあなたとできたらいいなって思うの――」

 

「――エドガーさん?」

 水面の波紋が広がるように、ゆっくりと意識が戻ってきた。

今、ぼくの隣にはクレムがいて、一緒に渓谷を歩いている。

 弁当の配達で遊撃士の訓練場へ向かった、その帰り道だった。

「ごめん。考え事を……」

 クレムは僕の額に手を当てた。

「熱は無いですね。でも、あまり頑張りすぎちゃダメですよ」

 にっこり笑って、クレムは先に歩き始めた。

 ああ、こんな時がいつまでも続くようにと願ってしまう。

今回の付き添いにぼくを選んでくれたのはどうして?

さっき聞こえた君の声は、ぼくの願望を映したのだろうか。

 

エドガーさんは、好きな食べ物は何ですか?」

ようやく街道まで出たところで、彼女は言った。

「うーん、クレムさんが作るものかな」

「ふふ。エドガーさんって、そういうこと言うんですね。

 じゃあ今度、リクエストしてくれたら作りますよ」

「本当に!? やった、楽しみが増えました」

「嫌いな食べ物はありますか?」

「無いです。何でも食べます」

「羨ましいなぁ。それなら、トマトも平気?」

「はい、トマトも」

 ”トマト”という単語に、ぼくの中で何かが引っかかった。

 

「私はどうしても苦手なんです。生は特にダメで」

 生トマトを嫌っている君。

「子どもの頃に、食べようとして吐き出しちゃったんです。

 せっかくお父さんが食べさせてくれたのに」

 理由は、自分でも分からない。

「どうしてなのか、自分でも分からないんですけどね」

 沸々と、あのシーンが思い浮かんだ。

エドガーさん?」

「飲みこむのも嫌なんて、ひどいですよね。って思った?」

「――! そ、そうです。でも、どうして」

「……いや」

 以前、食堂で思い浮かんだイメージ。あの時と、今の台詞。

「知っている、かもしれないから」

「え?」

 脳内にあるこれは、もしかして。

エドガーさん、どういうことなんですか」

 クレムがぼくの腕を掴んで揺さぶる。

「ぼくは――」

 その時だった。

 荒々しく草を掻きわける音と共に、数体の影が躍り出た。

「ま、魔獣!?」

 猫型の魔獣・トビネコが3匹。街へ続く方角を塞ぎ、ぼくらを威嚇している。

エドガーさんッ」

 冷静に、怯えたクレムを背後へ隠す。

「街道まで出てきたってことは、近くの導力灯が故障しているのかもしれない」

「ど、どうしよう」

「町へ行くのは無理そうだ。来た道を戻ろう」

 すでに泣きそうなクレムの手を、固く握る。

「遊撃士の助けを呼べれば何とかなる。そこまで行くよ?」

 うんうん、と何度も頷く彼女と共に、ぼくは走りだした。

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 どのくらい走ったのだろう。彼女の息が切れてきた。代わり映えしない景色の中、薄暗くなったせいで視界は悪い。

 足を止めると、クレムはしゃがみこんだ。

「ごめんなさい。私が、足手まといで……」

「謝るのはぼくの方だ。すぐ彼らに会えるはずだったのに」

 協会支部の位置も、見当がつかなくなってしまった。

 バタバタと鬼気迫る足音は、方向感覚をも鈍らせた。

「もう少し休めばまた――きゃッ!」

 1匹のトビネコがクレムめがけて飛び出してきた。間一髪、落ちていた大枝で殴りかかりそれを跳ね返す。しかしその隙に、他の2匹が背後から襲いかかった。

 硬い爪で裂かれる感触がした。1匹は背中、もう1匹は足。振り向きざまに枝を振り下ろすが素早い動きでかわされ、今度は肩と頭を狙われた。にわかに視界が揺らぐ。もう一度枝を振り回すと1匹に命中し、動かなくなった。

 クレムは口を覆って立ちすくんでいる。

 彼女に近寄る1匹を殴り飛ばした。しかし瀕死にはならず、ぼくの後頭部は抉るように爪で突かれた。

 その瞬間、膝から崩れ落ち、クレムの悲鳴が聞こえた。魔獣の金切り声と彼女のぼくの名を呼ぶ声。

 意識に蓋をされるその間際、最後に耳に入ってきたのは、人の足音と男性のかけ声だった。

 

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