不義の英雄 第1回 【英雄の誕生】
ある街の子供に、男の子マークと、その弟シノがいました。マークは目立ちたがりな性格で、街を守る剣士を目指しています。暇を見つけては熱心に剣の修行に励んでいました。
マークの弟シノは気弱な性格で、兄の事をとても尊敬しています。いつも兄の後ろを付いて回り、真似をしているような子供でした。
◇
やがてマークが剣術を身につけ、剣の重たさを感じない程に力がついて来た頃、街に魔獣が現れました。住民が兵士を呼ぶために叫び、逃げ惑う中、マークは率先して魔獣の元へと向かいます。
「家族の住む街は俺が守ってみせるんだ!」
まだ拙いマークの剣では1回りも大きい魔獣に対して満足に張り合う事が出来ませんでした。それでも諦めないマークは必死に食らいつきます。
暫くして兵士たちが魔獣の元に駆けつけると、傷つき逃げる魔獣の姿、そして満身創痍ながらも膝を付かないマークの姿がありました。このマークの活躍によって街の住人は誰一人として怪我を負う事も無く、平和が守られたのです。
「マークのお陰でこの子は助かったわ。
あなたは私たちの英雄よ。
この子が大きくなったら必ず教えるからね」
魔獣が出現した場所の近くに住んでいた奥さんは、赤ん坊をあやしながらマークに感謝を伝えました。マークは自分の力で守った命がとても誇らしく、その赤ん坊の朗らかな笑顔を胸に刻みます。こうしてマークの勇敢な行動が評価され、街の人々からは英雄と称えられました。マークは自分の努力が大きく実ったことを喜び、さらに剣の腕を磨くようになります。
◇
それからというもの、マークとシノが街中を一緒に歩いているとマークは道行く人々から毎日のようにもてはやされるようになりました。人気の施設では優遇され、街のお歴々からはプレゼントが届くようになります。
「英雄になるにはどうしたらいいの?」
シノが尋ねると、マークは即答しました。
「強くなって、悪者を倒すんだ。
シノも英雄になりたかったら悪者を倒して街の人達に認めて貰うんだな」
胸を張って言い切る英雄の姿は、シノの目にとても格好よく映ります。
「うん、僕も頑張って強くなるよ」
マークが英雄になると同時に、シノにも大きな変化が生れていました。昔から兄のやる事が正しく、自分がやる事は失敗ばかり。そう感じていたシノは自分の可能性を諦め、夢や希望を持っていませんでした。
しかしシノは今、生まれて初めて将来の夢を持ったのです。それは“英雄になる事”。ただ漠然と兄の背中を追いかけるのではなく、自分も兄と同じ英雄になりたいという夢でした。
それからというもの、シノは夢の実現に向かって愚直と言えるほど真っ直ぐに兄から“英雄”について学ぶようになります。
◇
その後も魔獣が現れる度にマークは率先して魔獣の元に駆けつけては、退治していました。そんな日々を繰り返す内にマークは剣の腕を上げ、並みの魔獣なら一刀両断出来る程に成長します。剣に付いた血を手際よく拭き取り、鞘に納める姿は誰が見ても様になっており、シノもそんな兄の姿に憧れて毎日剣の修行に励んでいました。
しかし、もてはやされる事が日常となったマークの態度は徐々に横暴になり、今となっては街の誰よりも自分の立場の方が上だと思うようになっていきます。
「俺は街の人達に代わって悪者を退治してあげてるんだ。
敵から逃げたり、躊躇ったりするような奴らと一緒の扱いっていうのは英雄の俺に失礼だろ」
そう言ってマークは街の住人に対してふんぞり返るのでした。マーク以外に英雄を知らないシノは相変わらず兄の言葉がすべて正しいのだと信じ切り、一言一句逃さず心に留めては、早く英雄になりたいと希望に胸を膨らませています。