徒然雑記帳

ゲームプレイを中心に綴っていくだけのブログ。他、ゲーム内資料保管庫としてほいほい投げます。極稀に考察とかする…かな?お気軽に読んでいってください。

人でなしのエドガー 第9巻 「眠らない夢、それは」

 ぼくは作業台に寝かされていた。

「よう。お目覚めか」

 顔を少し傾けると、ヘンリーが部屋に入ってくるのが見えた。上体を起こすのに、余計な時間がかかる。

「おかしいな、上手く体を動かせない」

「後頭部を傷つけられたからな。“大手術”だったんだぞ」

 うなじの少し上を触ると、縫った跡が分かった。

 ぼくにとっての心臓部。エドガーという存在の中枢だ。

「クレムは? なんともない?」

「かすり傷で済んだ。元気にしてるよ」

「良かった。じゃあ遊撃士が来てくれたんだ」

 ヘンリーは微笑みながら頷いた。

「彼女に会いたい。もう動いていいんだよね?」

 返事を待たずに作業台から降りる。

「……伝えたよ。おまえのこと」

 その言葉に、出口へ向かう足は止まった。

「おまえに会いにここへ来たんだ。

 病院にはいなかった、って受付嬢に食ってかかってまでな」

「それで?」

「処置中の姿を見せたら、納得して帰ったよ。

 やっぱりあの人は普通じゃないと思ってたって」

「……はは」

「なんだよ」

「ヘンリーは嘘が下手だね。

 あの子がそんなことを言わないのは、分かってるでしょ」

「……」

「さすがにショックは受けただろうね。人の心は繊細だもの」

 ぼくは再び作業台に腰かけた。

「随分と冷静だな。機械の感覚は鈍ってないようだ」

 ヘンリーはそう言いながら、傷ついたような顔をする。

「なぜ処置が終わったのに宿舎に帰されなかったのか。

 どうしてクレムに会わせようとしないのか。

 今の君が、ぼくの知ってる君と雰囲気が違うのはなぜか。

 それらから結論を導けるくらいには、まだ人工知能だよ」

「……そうか。話が早くて助かるよ」

 人工物とは思えない健康的な色の肌と藍色の髪を撫でる。

「クレムと渓谷を歩いている時に気が付いた。

 ぼくの頭には彼女の情報が入れられていたんだって。

 食べ物の好き嫌いや、子どもの頃からの癖」

 隣を歩くクレムの笑顔を思い出す。

「彼女を対象としてインプットするための、些細な情報だよ。

 ただそれだけのはずだった。でも、ぼくは特例らしいね」

 ヘンリーはじっと話を聞いている。

「時々、頭が重くなって見えたおかしな風景。

 あれは、ぼく自身の願望が入り混じったものだったんだよ。

 彼女と過ごしたい、話したいと感じたことの結晶だった」

「……」

「これでも、この先に待つ結論は変わらないの?」

「手術をしたら、やけに饒舌になったんじゃないか?」

 ヘンリーはこちらへ近寄ってきた。

「実験の成果は出たよ。むしろ危機感を覚えるほどな」

 正面に立ち止まり、ぼくを見据える。

「自意識が発達した人工知能は管理に支障をきたす。

上からそう判断が下った。おまえの思考データを抜き取り、分析後は新たな外見と人格で、実験を継続することになる」

「ヘンリーはどうなの? 同じ考え?」

「……ああ。面倒を起こされては困るからな。

 俺は研究員として名を揚げたくて、実験に参加したんだ。

 だから、人工知能のお守りなんて面倒な役割も引き受けた。

 成果が出た以上、その役割も終わらせる」

「ぼくは、管理に支障をきたすような人工知能

 ヘンリーも、そう思っているの?」

「そうだよ、その通りだ。

 酔っ払いに喧嘩を売って顔を粉々にされそうになったり、

 あるかも分からないキノコを探しに行ったり、

 珍しい魚を釣りに行っても結局は獲物を譲っちまったり、

 もううんざりなんだよ」

 言い切ろうとする彼の声は震えていて、頬は紅潮していた。

「そう。分かった。ヘンリーの指示に従うよ」

「えッ……」

「財団の意向に従うんじゃない。君の希望を呑むってこと」

「でも、クレムは」

「彼女は……会わないままでいい。その方が良いんだ」

「なんで、急に」

「さっきまでの冷徹科学者っぷりはどうしたの?

 ぼくの気が変わらないうちに、早く準備をした方がいいよ」

「……」

「どんな形であれ、君のことは大切な友だと思ってる。それだけだ」

エドガー……」

「久しぶりに名前で呼んでくれたね」

「……」

 それから、ヘンリーは装置の準備をしに行った。

 

 すぐ近くで装置の機械音が聞こえる。なんだか身体が軽くなった気がして、意識は朦朧としている。でも目は開けられた。周りには誰もいないらしい。

 ペンと紙を掴んでいる感覚がある。せめて手紙を書こうと、ヘンリーが用意してくれた。だけど文章が決まらなくて、まだ何も書けずにいる。言いたいことがあるのに、まとまらない。

 ペンを持つ手が震える。紙に染みこむのは頼りない線ばかり。

ありがとうも、ごめんねも、伝えなきゃいけない。

 それと――

 

 

 

 夕方の食堂。私は、いつも通りに仕事に来た。他に行きたい場所も無いし、働いてる方が気が紛れるだろう。

 数時間前にいたあの場所で。エドガーさんが目を覚ました時。私はヘンリーさんの呼び声も無視して建物から飛び出した。

 もう会えないと思ってしまったから。目を合わせないほうが良いと感じてしまったから。

 これまでを無かったことにはできない、だから、忘れよう。

そうでしか私には、自分を守れないから。

「あの、すみません」

「は、はい」

 目元をこすって振り返る。1人の中年の男性がやってきた。

 

 

 

 

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