徒然雑記帳

ゲームプレイを中心に綴っていくだけのブログ。他、ゲーム内資料保管庫としてほいほい投げます。極稀に考察とかする…かな?お気軽に読んでいってください。

闇医者グレン 第13回 祈り

「……おい、どうした?」

たまらずルーファスは声をかけた。

「グレン先生……?」

シェリーもその様子を心配そうに見つめている。他の医師たちにも、何が起こったのか理解できない。

グレンは、脈打つ心臓を視界に捉えた瞬間――

カタリナの手術を思い出していたのだった。

10年前の、カタリナの手術――

実は、それは一度成功したかに思われていた。

当時から心臓の手術は常に大きな危険のつきまとうものだったが、天才的な腕を持っていたグレンは《結晶病》の腫瘍を何とか剥がすことに成功した。美しい色を取り戻した彼女の心臓を見て、その場にいた誰もが手術の成功を信じた。

しかし……それは甘い認識だった。

腫瘍は心臓の組織と少なからず結び付いていたのだ。その切除は、心臓そのものの強度を劣化させた。

結果、グレンが閉胸を行っている最中に心臓の一部が裂け、大量の出血を引き起こし――

カタリナは帰らぬ人となった。

心臓の腫瘍を前にその時の恐怖が蘇り、グレンの体は完全に硬直してしまった。

頭の中が真っ白になり、今やっている術式の手術の手順が飛んでしまう。

「――グレン!!」

そんな状態のグレンを引き戻したのは、かつての友の力強い呼び声だった。

気づくと、補佐をしていたルーファスが、グレンの厚い胸倉を掴んでいた。

「手術中に余計な事を考えるな。今はヒューゴ君の手術に集中しろ。この子は……お前を信じているんだ。」

グレンはその言葉にハッとして、その眠る少年の姿を見返した。

どくん、どくん、どくん、どくん……

心臓がグレンを呼ぶように活動を続けている。

(ああ、そうだ……呆けている場合じゃねぇ。)

グレンは気を取り直して再びヒューゴに向いた。

ルーファスはそれを見て、掴んでいた腕を離すと無言で手術の続行を促した。

シェリーは、ほっと胸を撫で下ろす。

グレンの向かい側にルーファスが立つ。

新しい術式は、ここからが本番だ。

――この腫瘍にはある秘密があった。

腫瘍の中心部の毒を排出する部分以外は……全くと言っていいほど無害なのだ。

腫瘍は時間をかけて心臓と融合していき、最後にはほとんど心臓の組織と同じものになる。

つまり、中心部さえ取り除いてしまえば完全に切除する必要はなかったのだ。

カタリナの手術が失敗した理由はまさにそれだった。研究して突き止めた事実を反芻するたびに、彼の心をとても大きな後悔が蝕んだ。

だが……

あの時シェリーに告げられた言葉が、グレンの後悔を「感謝」へと変えさせた。

カタリナの死があったからこそこの新しい術式があるとグレンは思い直したのだ。

人工心肺を繋ぎ、さらに心臓の活動を一時的に止める薬品を注入する。

これらは、最先端の医療機器メーカーが開発した試作品をルーファスが特別に取り寄せたものだ。

彼は静かになった心臓を支え、見やすく調節する。

――実際に腫瘍の中央部のみを取り除くには極めて微妙なメスさばきが必要だ。

一歩間違えれば心臓を傷つけてしまう。だが、成功すればカタリナの時のように心臓の強度を落とすことなく病巣を取り除ける。

(姉さん、グレン先生に力を貸して――)

グレンの持つメスが徐々にどす黒い腫瘍に近づいていく。

シェリーが、ルーファスが、他の医師たちが、その切っ先を固唾を飲んで見守っていた。

――手術室の外では、ヒューゴの両親も女神に祈り続けていた。手術開始から相当な時間が経ち、彼らの疲労もピークに達していた。

その時、不意に手術中を示すランプが消える。

最初に中から現れたのは……グレン。

ヒューゴの両親は、すがる様にその巨躯の元に駆け寄った。

グレンが彼らに向いてマスクを外す。

現れた口元には、力強い笑みが浮かんでいた。

 

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