徒然雑記帳

ゲームプレイを中心に綴っていくだけのブログ。他、ゲーム内資料保管庫としてほいほい投げます。極稀に考察とかする…かな?お気軽に読んでいってください。

人でなしのエドガー 第7巻 「血は流せずとも」

 私は、名前を叫ぶことしかできなかった。直線状に彼はうつ伏せに倒れていて、そのまま動かない。体が傾いた瞬間の、何か言いたげな眼差しが頭をよぎる。

 すぐに傍に駆け寄ることも、地面に放り出された大枝を手に戦うこともできなかった。標的を変えた魔獣たちはこちらへとにじり寄ってくる。

 それでも叫び続ける自分の声に混じって、遠くから響く他の音を耳にした。徐々に近づく足音と「ここだ!」という掛け声。

 鋭い爪でエドガーさんを傷つけたトビネコは、遊撃士たちによってあまりにも呆気なく倒されていった。

「到着が遅れてごめんなさい。怪我はありませんか?」

 女性遊撃士に声をかけられ、首を横に振る。

 彼女たちはエドガーさんへ視線を移した。彼を囲うように集まり、状態を見ている。

「この青年は……どういうことだ……ともかく病院へ」

 離れた場所にいる私には、会話の節々だけが聞こえてきた。

「男性を先に運ばせてもらいます」

 それだけ言うと、エドガーさんを連れて行こうとする。

「あ、あの。エドガーさんは助かりますか」

「我々ではなんとも言えません」

 触れることもできないまま、彼は行ってしまった。

 

 

 

 残った人たちに伴われ、私も渓谷を後にした。

「ご迷惑をおかけしました。導力灯はすぐに直してもらいます」

 食堂の前まで送ってもらったところで、女性の遊撃士・ベラさんが頭を下げた。

「あの青年のおかげで、あなたを助けることができました」

エドガーさんは、強い人ですから」

 しばしの重い沈黙の中、1人の遊撃士が声を上げた。

「……エドガーという青年。見覚えがあると思ったら、キノコ狩りの一件の時だ」

 その人はボリスと名乗った。

「彼が、大量のキノコを持ち帰ろうとしていたんだよ。

 一般人は立ち入り禁止のところで採っていたようだから、全部回収したんだが」

「ああ。ホタル茸は渡すのに渋ってたよな。たしか、大切な人が欲しがってるからって」

「そういえば、ここで起きた喧嘩の事情聴取でも会ったんだ。

 その時は、ある人を助けたかったって言ってたな」

「ははッ。なんだか縁があるな。――って、どうしたんだ?」

 私は1人、頬を濡らしていた。

「……そう、そうだね。彼には元気になってもらわないとね」

 ベラさんに背中をさすられ、とめどなく溢れる涙を止めることはできなかった。

 

 

 翌朝。仕事は休んで、病院へ向かった。受付でエドガーさんの名前を伝えて、病室を探してもらう。

 しかし見つからなかった。確認してもらうと、ここへは運びこまれたが、すぐに別の場所へ移動されたという。

 私は次にそこを訪れた。

 

「エプスタイン財団……知能開発研究所」

 怪我人を受け入れる施設とは無縁の場所に思えた。

「どうしてこんなところに」

 意を決して、建物内に足を踏み入れる。作業着の人、白衣を羽織っている人が目につく。

 疑念を抱え、真っ直ぐ受付に進んだ。

「こちらにエドガーという青年が運ばれてると思うのですが」

 受付嬢は、意味が理解できないと言いたげな顔をした。

「昨晩、怪我をした青年をここに運んだと病院で聞きました。どの病室にいるのでしょう?」

「そんな人が来た連絡は受けていませんが」

 眉間に皺を寄せ、さも不愉快そうにしている。

「場所は言えないなら、いるかいないかだけ教えてください。ここで待ちますから」

「それは困ります。お引き取りください」

「いいえ、待ちます」

 女性同士の押し問答に、見物人が集まり始めた頃。

「その子の言ってることは間違ってない」

「もちろんです……あッ」

 声の主はヘンリーさんだった。皺のついた白衣を着ている。

「良かった。ヘンリーさんに会えて」

「……この子は俺が引き受けるから、仕事に戻って」

 受付嬢をなだめると、さっそく私を案内してくれた。

エドガーさんと会いましたか?」

「ああ。会ったというより“見た”だけど」

 頑丈そうな扉の前で立ち止まり、中に入る。暗い廊下を奥へ進むと、ガラスの壁で隔てられた部屋があった。

「エ、エドガーさん!」

 その部屋で彼は台に横たわっていた。

 

 金属の2つのアームが、身体の周囲で何かを行っている。

「ヘンリーさん、これは」

「傷ついたところを直してる。特に脳の損傷がひどくてな」

「そ、それって……機械の体になるってことですか?生身の体には戻れないんですか?」

「……」

「こんな光景……あんまりです。機械仕掛けなんて。

 彼は私を守って怪我をしたんですよ?

 必要なら、治療に私の体を使ってください。

 それでなんとか元に戻してくださいッ。

 約束したばかりなんです。今度好きな料理を作るって。

 だから――」

「今、あんたが心配してることは何一つ問題じゃない」

 初めて聞く、冷たい声だった。

 ヘンリーさんは、横たわるエドガーさんから目を離さない。

「なぜ少しも怖がらずに酔った大男に喧嘩を売れるのか。

 なぜ長い時間走っても息が切れないのか。

 なぜ魔獣の爪で裂かれても一滴の血さえ出ないのか。

 ……考えたか?」

 私は、穏やかな表情のエドガーさんを見やった。

「機械人形よりも遥かに高尚な存在。

 文字通り血も涙も無い、ヤツは、人間の皮を被った人工知能なんだよ」

 

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