徒然雑記帳

ゲームプレイを中心に綴っていくだけのブログ。他、ゲーム内資料保管庫としてほいほい投げます。極稀に考察とかする…かな?お気軽に読んでいってください。

赤い月のロゼ 第14回 朝日の向こうへ

 アルフォンスは、静かになった地下墓所の中央で目を覚ました。

 最初に見えたのは、自分を覗き込むロゼの優しい微笑み。

 彼女からはすでに真紅の輝きは失せていた。

 どうやら法術による治癒をやってくれていたらしい。さすがに全快とまではいかなかったが、なんとか立ち上がることはできそうだ。

 隣には、ルッカが寝かされいた。外傷はなかったものの、エルロイに誘拐され、ガラードによって術をかけられた彼女も著しく体力を消耗していた。

「……おじさんは、どうなった?」

 アルフォンスの意識はロゼとガラードが交錯したあたりで途絶えていた。よろよろと立ち上がって辺りを見回す彼に、ロゼは顎で一点を指し示す。

 少し離れたところに、胸から上だけとなったガラードが倒れていた。

「アル、か――」彼はまだ生きていた。

 凄まじい生命力を持つ吸血鬼だったが、こんな姿でなお生き永らえていることに、アルフォンスは憐れみを感じずにはいられない。

「もはや助かることは万に一つもありませんが」とロゼは断じる。

 そして、おもむろに拳銃に弾をこめると、ガラードの眉間に銃口を向けた。どうやら、アルフォンスが目覚めるまでは止めを刺さないつもりだったらしい。

「あなたは見届けるべきだと思いましたから」

「そう、か……」

 引き金に徐々に力が込められる。

 ガラードは、観念した様子で静かに目を伏せる。

 アルフォンスは――引き金を引くロゼの指を制止した。 

 少しだけ驚いたロゼを見て、彼は懐から、最初にロゼに渡された銀の短剣を取り出した。

「俺に、やらせてほしい」

「……復讐は己の手で、というわけか」

 嘲るように言ったのは、ガラードだ。

「愚かだな、アル。わざわざ自分の手を汚すこともあるまい。人間とは実に下らんことに拘る。だからこそ、御しやすい」

「黙りなさい」

 なおも高慢な態度を崩さないガラードに、改めて銃口を向けるロゼ。アルフォンスは再びそれを止めると、静かに首を振って言う。

「――俺は、あなたを父のように思っていた。暗い思惑があったとはいえ、それは決して変わらない。感謝すらしている、今も」

 それを聞いて、一瞬驚いた顔を見せるガラード。隣にいたロゼも同様だ。

「だから、これは――儀式なんだ。あなたと決別して、明日を見るための」

「クク……カハハハハハハハ……!!」

 ガラードは笑った。もはや、笑うことしかしなかった。

 アルフォンスは、そんな彼を見て、少し寂しそうな顔をしてから――短剣を、静かに振り下ろした。ロゼは、その様子をじっと見守っていた。

 

                  ◇

 

 ブーツの足音だけが、静寂な空間に響く。

 ロゼが先導する形で、薄暗い地下道の道を逆に辿っていくアルフォンス。彼の背には、いまだ気を失ったままのルッカが背負われている。

 道中、屍人と化していた遺体を見かけるたびにアルフォンスは立ち止まり、瞑目してその冥福を祈った。ロゼによれば、この後教会の手が入って彼らは手厚く葬られることになるとのことだ。吸血鬼や屍人という存在は決して公になることはなく、今回の事件も闇に葬られていくという。

 

 松明のあった通路を抜け、外の光が差し込んできた辺りでロゼが立ち止まる。後ろについていたアルフォンスはぶつかりそうになってしまう。

「ととっ……どうした?」そう言ってルッカを背負い直す。

「――もう一つ、あなたに言っていないことがあるのです」

 振り向いたロゼは、申し訳なさそうな表情をしていた。少しだけ間があいたが、ロゼは中々話題を切り出さなかった。

 だから、アルフォンスは自らそれを引き継いだ。

「君が過去、犠牲にしてしまった協力者――それが、俺の両親だったって話か?」

「――気づいて、いたのですか……」

 

 ロゼも、ガラードの正体が分かるまでは気づかずにいたが――

 アルフォンスの両親の事件は、今回の事件にあまりに密接に関係していた。

 十数年前、アルフォンスの父は“吸血鬼狩り”ロゼと偶然に出会っていた。そして、吸血鬼を追う彼女の事情を知り、ロゼに協力することにしたのだ。かれは、あと一歩で吸血鬼の正体――すなわち、彼の友人であったガラードに辿りつくところまで調査を進めたが……

 結果、その寸前にガラードに察知されてしまい、ロゼに詳しい情報を伝える間もなく殺されてしまったのだった。

「……でも、どうしてそれが私だと感づかれたのですか? 他に”吸血鬼狩り”がいる可能性もあったでしょう」

「さっき、思い出したんだ――俺と君はその時、出会っていた」

 アルフォンスの父は家族に危険が及ぶ可能性を常に心配していた。そこで、吸血鬼の調査中はロゼに我が子の警護を頼んでいたのだ。

 幼き日のアルフォンスを、度々遊びに連れ出していた記憶の女性――それこそが、ロゼだったことをアルフォンスはようやく思い出した。彼女も、それを認めて静かに肯定する。

「……元はといえば私が巻き込んでしまったのです。本当なら私は一人で戦わなくてはなりませんでした。なのに、私はあなたの父上の申し出を断りませんでした。それが最悪の結果を招いたというのに、今回のあなたの申し出も断りきれませんでした」

 ロゼは何十年にも渡って、同族との孤独な戦いに身を投じてきた。彼女はいつしか、無意識にそこから救われたいと思うようになっていたのだろう。

 だから、アルフォンスや彼の父が協力を申し出た時、彼女は救いの手を差し伸べられたように感じて、断れなかったのだ。

「血も……死ぬまで飲まないつもりでした。自分が、彼ら(ガラード)のような怪物だと認めたくなかったんです。年々力は弱っていきますが、それでも私は――」

 ロゼは自分の掌を忌まわしげに眺めながら、自嘲する。

「……ふふ、その禁を自分で破ってしまうなんて、皮肉なものです。結局私も、ただの“吸血鬼”でしかないのかもしれません……」

 彼女の抱える“孤独”をアルフォンスは痛いほど理解していた。だから――「気にするな」と、微笑みながら答えた。

「俺を、助けてくれるためだったんだろう? その時点で君は、他の吸血鬼とは違うはずだ。死んだ父さんも母さんも、君を恨んだりはしない。君のおかげで、俺は殺されずに済んだ。君がいたから、今回の事件を解決できたんだ」

「――――――」

「だから、礼を言わせてくれ――ありがとう」

 ロゼは、何も返事をせずにアルフォンスから顔を背けた。彼女は、吸血鬼である自分を初めて受け入れることができた気がした。彼女の心に、棘のように刺さっていたものがゆっくりと溶けていく。

 アルフォンスは、静かに肩を震わせる彼女の顔を見ないように、前を見たまま歩みを進めた。

 

                  ◇

 

 それから2人はしばらく無言で歩いた。地下道を照らす光が徐々に強まり、やがて、ようやくヘイムダル港に続く出入り口から外に出た。

 不気味な赤い月はすでにない。代わりに眩いほどに白い朝日が顔を出していた。

「――それでは、私は、これで」

 ロゼは小さく会釈をする。吸血鬼の影は帝都から消え、彼女の任務は完了した。早すぎる別れの挨拶だったが、アルフォンスは「そうか」と頷いて答えた。「次は、どこに行くんだ?」

「分かりません」小さく首を振るロゼ。

 再び吸血鬼の匂いを追って、何処かへ。そして、新たな死闘へと身を投じていくのだろう。それが吸血鬼狩りとしての、“真祖”としての彼女の使命だ。

 

「全部終わったら……また、来るといい」

「えっ」

 

 すでに歩き出していたロゼが、アルフォンスの言葉に振り向く。

 

「俺はここで待っている」

 

 どれほどの時間を要する使命であるかは、想像もつかない。だがアルフォンスはその言葉をかけた――“ここに、帰る場所がある”と。「彼女を孤独にはさせない」――その言葉に偽りはないと。

 

「――はい――!」

 

 ロゼは、湧き上がる嬉しさを隠すこともせず、微笑んでそれに答えた。そして、そのまま陽光の中へと歩き出した。もう、振り返らなかった。

 アルフォンスの背中で、ルッカはいつの間にか目を覚ましていた。彼女は少しだけ嫉妬心を覚えながらも、2人の別れを邪魔しないように寝たふりを続けていた。

 

――こうして、帝都を恐怖に陥れた『吸血鬼事件』は、人知れず静かに幕を閉じたのだった。

 

犯人が捕まえられることもなく、ただ“終わった”この事件は、やがて人々の間から忘れ去られていくのだろう。都市伝説じみた、ある未解決事件の記録として。

 

だが、アルフォンスは決して忘れないだろう。いくつもの大切なものが失われたことを。その代わりに、新たな絆を手にしたことを。

 

そして、彼は強く願った。

深い孤独と思い使命を背負った吸血鬼の彼女に、いつの日か安らぎがもたらされんことを。

 

「――朝は必ず来る。きっと、君にも――」

 

 ロゼが真っ白な朝日の中に消えて行くのを、アルフォンスは最後まで、静かに見送っていた。

 

                                   <END>

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