徒然雑記帳

ゲームプレイを中心に綴っていくだけのブログ。他、ゲーム内資料保管庫としてほいほい投げます。極稀に考察とかする…かな?お気軽に読んでいってください。

赤い月のロゼ 第13回 真祖

 ロゼは、死を覚悟していた。

 ガラードの“血の槍”で全身を射抜かれ、そのいくつかは内臓を深く傷つけている。既に治癒の法術を唱える力すら残されていなかった。

 “吸血鬼狩り”を生業としてきた以上、心のどこかで分かっていたことだ。自分はいつか戦いの中で死ぬ。それまでに、一体でも多くの吸血鬼を狩るだけだ。

 それが――彼女が心に課していた“贖罪”だ。

 だが、もう死は目の前だった。

 やれることはやり尽くした。それでもガラードは倒せなかった。

 このまま眠ってしまえば、そのまま永遠に目覚めることはないだろう。いっそ、その方が楽かもしれない。意識は、すでに失われかけていた。

 彼女が、ゆっくりと瞼を閉じかけたとき――ぼやけた視界の隅に何かが見えた。

 ――彼と協力を結んだ青年、アルフォンスは戦っていた。真正面から吸血鬼に挑み、一心不乱に剣を振っている。勝ち目などあるわけがなかった。それでも――。

 やがて、彼の最後の一撃が防がれ、叩き折られる白銀の剣。折れた剣先が倒れ伏すロゼの目の前まで飛んできて、湿った地面に突き刺さった。

 それはアルフォンスの血に濡れていた。

 どくん。

 ロゼは自分の鼓動の音を聞いた。その感覚は、彼女が昔に捨てたもの。いや――見ないようにしてきただけのものだ。

 まだ、死ぬわけにはいかない。アルフォンスは、自分のために絶対に死なないと言ってくれた。ならば自分も、覚悟を示さなければならない。

 ロゼは、自分の手が傷つくのも構わず、折れた切っ先を掴んだ。

 そして、刀身に流れるアルフォンスの血に、自らの――舌を、つけた。その瞬間、彼女の視界が真紅に覆われる。

 危険な賭けだった――あが、彼女の心は、先ほどとは違う覚悟に満ちていた。

 

                    ◇

 

「まさか、貴様は――!!」

 拳銃で大穴を穿たれた右手を庇いつつ、ガラードはその姿を睨みつけた。

 うすぼんやりと真紅の輝きに包まれた、“吸血鬼狩り”のロゼの姿を。

「改めて、名乗らせていただきます――

 私の名は、ローゼリア。忌まわしき吸血の一族、”真祖”の末裔です」

 倒れたままのアルフォンスは、傾いた視界に恭しくお辞儀をするその姿を見ていた。

 真祖。吸血鬼と呼ばれる一族の、正当な血統――彼女が言っていた言葉を思い出す。

 ロゼが拳銃と逆手に持っていたのは、白銀の剣の切っ先だ。そこについていたアルフォンスの血を嘗め――彼女は瀕死の状態から復活した。エルロイの血を取り込むことで、精気を漲らせたガラードのように。

 だが、ロゼのものはガラードのそれとは違う、神聖な儀式のように見えた。

 体が一切動かないせいか、アルフォンスは冷静に状況を受け入れていた。ロゼが、吸血鬼――その事実を、落ち着いた頭でただただ納得する。

「“真祖”の吸血鬼だと? 馬鹿な、そんなものが今の世に――」

「ええ、すでに失われました。自ら、滅びることを選んだのです。気づいてしまったから――人間の血を糧にしてまで、種を存続させることに意味はないと。私はその最後の一人です」

 瞑目して答えていたロゼは、続けて目を見開いて、凛とした表情でガラードを睨みつける。

「私は許しません。血への渇望に耐え切れず一族から出奔した”高位の吸血鬼(エルダーヴァンパイア)”を。欲望の赴くままに人間を襲い、一族の名を穢すあなた方を――!」

「――戯言を!!」

 叫ぶが早いか、ガラードは大穴を穿たれた右腕を突き出した。そこから、再び無数の“血の槍”が現れ、凄まじい速さでロゼに襲い掛かる。それが彼女の肉体を貫こうとした瞬間、ロゼは爆風とともに赤い霧となる。

 そして、ガラードの背後から瞬時に現れると、構えていた二丁拳銃から十数発もの弾丸を連射した。それらは彼女と同じ真紅の輝きを纏って、ガラードの全身を貫いていく。

「があああっ!」体中に受けた散弾銃のごとき衝撃で、前方に吹き飛ばされるガラード。彼がしばらく立ち上がれないことを確認すると、ロゼはしゃがみこんで、足元で動けなくなっているアルフォンスの頬を優しく撫でた。

「ありがとう、アル。あなたのおかげで覚悟が決まりました。……後で、色々と話がしたいです。少し、待っていて下さい」

 アルフォンスは、ロゼのその姿にかつての記憶の女性を見た。

 ――ああ、そうだったのか――彼には返事をする体力すら残っていなかった。代わりに心の中で彼女の背を押してやる。ロゼもそれを感じ取ったのか、こくりとうなずいて立ち上がり、再び凛とした表情でガラードを見やる。

 彼は全身に受けた傷を回復し始めていたが、それもようやくと言った様子だ。真祖の力を発揮したロゼの攻撃は、明らかなダメージを彼に与えていた。

「くっ……愚かな! 我々が、血液を糧として何が悪い! 他の命を犠牲に生を得ている人間と何が違う!?」

 その問いに、ロゼは静かに答える。

「――全てです。人知を超えた膂力を持ち、他者を意のままに操り、屍人を生み出す…… 存在の全てが自然の摂理を、社会を著しく乱します。私たちは、女神のご意思に背く存在なのです。だからこそ、ただのおとぎ話でなければならない――!」

 ロゼはその信念のもと、吸血鬼でありながら吸血鬼を狩る。自らの一族を否定し、滅ぼし、静かに忘れ去られていくことを願って。

 アルフォンスは必死で意識を繋ぎとめながら、ロゼを見つめる。

 同族にすら決して理解されることはない、彼女の理想――彼女の抱える孤独の正体を、彼はようやく理解できた気がしていた。

「小娘が、知ったふうな口を叩いてくれる……いいだろう!」

 歯噛みするガラードが虚空に手を伸ばすと、掌から立ち上ったどす黒い血液が、禍々しい剣の形を成した。

 さらに彼の身につける黒の外套が蠢き、蝙蝠の羽根となって左右に伸びる。それを羽ばたかせて中空に浮遊するガラード。

 虚ろに立ち尽くしていたルッカが、ふっと気を失ってその場に倒れる。彼女にかけていた術の力までも、次の攻撃へと注がれているのだった。

「死にぞこないの“真祖”――その古びた血、この手で絶ち切ってくれる!」

 ロゼもまた、それに呼応するように法剣を引き抜いた。真紅の輝きを纏い、紫紺の外套が蝙蝠の羽へと姿を変える。

「“高位の吸血鬼”……その名を今ここで返上して頂きます」

 深紅の瞳でガラードを捉えるロゼ。

 

 互いに剣を構え、空中で対峙する2人の吸血鬼――。凄まじい力の流れが地下墓所を支配し、刃物のような殺気がぶつかり合う。その様子を、仰向けに倒れたまま見守るアルフォンス。

 

 次の瞬間、2つの影は雷鳴の速度で交錯した。

 

 一瞬で立ち位置が入れ代わる、ロゼとガラード。

 互いが持つ剣は、それぞれ振りぬかれた状態になっていた。ロゼの法剣に刀身は見当たらない。そのかわりに、鉄線が限界まで伸びている。

 

「――ハハハハッ……」

 先に声をあげたのは、ガラード。その体に次々と直線が走っていく。それは、斬られたことすら忘れていた肉体に少し遅れて刻まれた、亀裂。あの刹那、法剣から分裂した無数の刃が、彼の体を幾度となく通過していたのだった。

 ロゼが振り向く。スナップを利かせて鉄線をしならせると、金属がぶつかり合う音と共に、規則正しく法剣の刀身を形成していく。

 

「――さようなら。いずれ冥府でお会いしましょう」

 

「ハハハハハハハハハハハッ……!!」

 

 法剣の刀身が、完全に剣の形を成した時――

 冷酷なる“高位の吸血鬼”の肉体は、足元から崩れおちていった。

 

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