徒然雑記帳

ゲームプレイを中心に綴っていくだけのブログ。他、ゲーム内資料保管庫としてほいほい投げます。極稀に考察とかする…かな?お気軽に読んでいってください。

赤い月のロゼ 第10回 闇への追走

 宿酒場《アレグリア》。普段なら、顔なじみばかりで席が埋まっているはずの深夜の時間帯。しかし今夜は吸血鬼事件に関係する伝達がされた影響か、ただの一人も客はいなかった。

 ここで従業員として働くルッカは手持ち無沙汰に店内の掃除をしていたが、それも一通り終えてしまい、カウンター席に退屈そうに座っていた。

 彼女の幼馴染、アルフォンスも今日は来なかった。今夜はガラード隊の隊員たちが総出で帝都を巡回しているという噂だから、きっと彼も忙しくしているのだろう。

 少し残念な気持ちになってしまい、憂鬱にため息をつくルッカ

 カウンターの向こう側で食器を拭いていたマスターは、そんな彼女を見て穏やかに笑うと、

「今日はもう帰っていいよ、最近何かと物騒だから」と声をかける。ルッカもそうしようかと考えていた矢先――静まりかえった店内に軽快な音が鳴った。正面玄関に備え付けられた、客が訪れたことを知らせる合図だ。

 ルッカは慌てて椅子から立ち上がり――息を吞んだ。店の入り口に立っていたのは、血塗れの軍服姿を着た青年だったのだ。

「きゃあっ!」短い悲鳴を上げて駆け寄るルッカ

 見慣れた服装に、ルッカは一瞬幼馴染のことを思い浮かべたが、明らかに別人であることを確認して思わずホッとしてしまう。

 その顔には見覚えがあった。ずいぶん前、アルフォンスが軍に入ってすぐの頃に、彼の誘いで店を訪れたこともある青年。今ではどうしてか険悪な仲だと聞いていた。

 確か、名前は……エルロイ。

 マスターが慌てて救急箱を取り出し、駆けつけて気遣うが、彼は反応を一切示さない。その瞳はまっすぐにルッカを睨みつけていた。

「アルフォンスの幼馴染――俺と共に来てもらうぞ」

 ぼそりとそう呟くと、エルロイは途轍もなく邪悪な笑みを浮かべた。

 

                  ◇

 

 アルフォンスとロゼが駆けつけた頃には、店内は酷いありさまになっていた。

 倒れ転がる椅子。砕かれ木片と化したテーブル。粉々になった食器やグラスがばら撒かれ、カウンターの影にこめかみから血を流したマスターが倒れていた。

 ロゼは落ち着いて、教会に伝わる法術でマスターの治療を試みる。不可思議な力によって怪我が塞がり、目を覚ました彼に、それまで呆然と立ち尽くしていたアルフォンスが問い詰める。

「しっかり、一体何があった!?」

 ――ルッカの姿がどこにもない。それが彼の心をざわめかせた。

「……軍服の若者が来て……いや、あれは、化け物だった。抵抗、したんだが…… そいつが、ルッカちゃんをさらっ、て……」

 マスターはかろうじてそう言うと、再び気を失ってしまった。

 

 近くを巡回していた隊員がようやく現場に駆けつけ、辺りは騒然としていた。寝静まっていた近隣の住民たちまでもが徐々に集まり始める。間もなくガラード隊長も到着し、少人数でマスターへの事情聴取と現場の捜査が行われていた。

 アルフォンスとロゼは、そこから少しだけ離れた建物の陰にいた。

「――エルロイッ……!!」

 声を荒げ、思い切りレンガの壁を殴りつけるアルフォンス。そのまま怒りに打ち震える彼を見つつ、ロゼは、腕を組んで何かを考えこんでいた。

「……落ち着いて下さい。まだルッカさんは無事のはずです」

 エルロイは、怪我の回復と自身の力を増すために新たな血を求めていた。ルッカの血を吸えば目的は果たされたはずなのに、彼はそうせずに、ただ連れ去った。おそらく、アルフォンスたちを何処かへおびき寄せるために。

「彼が向かったのは、おそらく――」

 確信を持ってロゼは指差す――自分たちの足元を。

 前回のエルロイとの戦闘で、彼は無数の屍人(グール)を呼び出した。それらは、捜索届けの出されない身寄りのない者たちだった。エルロイは彼を密かに連れ去り、どこかに“備蓄”していたのだ。おそらく、未だに何人もの人々が。

 それだけの人数を閉じ込めておける広大なスペースでありながら、普段は人が足を踏み入れず、見つかる可能性の低い場所。

 条件を満たすのは、数百年前の《暗黒時代》の遺構――帝都の下に広がる地下道。そのどこかにエルロイがいるはずだ―― そう語るロゼに、すぐに向かうことを提案するアルフォンス。一刻も早く見つけなければ、ルッカの身が危険だ。しかしロゼは目を伏せて黙ってしまう。

「……何か、気がかりでもあるのか?」

「ええ、2つほど……まず、あのエルロイというお方は“高位の吸血鬼(エルダーヴァンパイア)”である可能性が高いでしょう」

 吸血鬼と呼ばれる一族の、正当な血統――それは“神祖”と称されている。“神祖”の一族は、長いゼムリア大陸の歴史ですでに失われたらしいが、より近い血を持つ者たちは“高位の吸血鬼”と呼ばれ、今もどこかに潜んでいるという。

 彼らは十数年に一度訪れるという血への渇望に従うまま、歴史の裏で数多の犠牲者を出しているのだ。

 それは吸血鬼狩りのロゼにとって、最大のターゲットと言って過言でない相手だ。

 彼らは、吸血鬼の中でも特別に飛びぬけた力と成長性を持つ。例えば最初にルッカが襲われた時、彼女は”魅了”と呼ばれる高等な術を使われて人気のない所へと連れ出されたらしい。人の思考をある程度操るという恐ろしい術――ロゼは、襲われる前後の記憶を失っていたルッカを見て“高位の吸血鬼”の存在に気づき、アルフォンスを遠ざけたのであった。

 敵がそんな強大な力を持っていることが、気がかりの一つ。

 そして、もう一つの気がかりも、それに関係することである。

「”高位の吸血鬼”の強大な力は、夜になればさらに増幅されます。それゆえに、その気配を完全に絶つことはできないはずなのです」

 ついさっきの出来事だ。エルロイの放っていた強烈な気配が、目くらましと共に完全に絶たれた。その予想外の事態に、ロゼは止めを刺す機会を逸してしまったのである。

「彼はただの“高位の吸血鬼”ではないのかもしれません。あるいはもっと強大で、凶悪な何か――」エルロイはその全貌をまだ現していない。そんな状態で、罠と知りながらみすみす追跡してもいいものかを、ロゼは計りかねていた。

 やはり、アルフォンスを連れて行くべきではないのかも――そんな考えに至った彼女を見透かすかのようにアルフォンスはすぐさま口を開いた。

「ロゼ、何度も言わせるな。俺は死なない。君に孤独をもたらさない。相手がどんなに強大であろうとその誓いは決して違えない」

 揺るぎない一本の芯が通った言葉。孤独な者を決して見捨てないという、彼の信念から紡ぎ出された真っ直ぐな言葉に、ロゼは一瞬だけ寂しい目をする。

 ――彼女には、もう一つだけ言っていない秘密があった。

 それこそが、彼女の抱える“孤独”の大部分を成す要因――アルフォンスに再び温かい言葉をかけられ、思わずこの場でそれを吐露しそうになる。……しかし今はその時ではない。今の自分には、彼のこの言葉だけで十分なのだ。彼の大切な幼馴染を何としても救う。そのことに集中しなければ。

「私としたことが、まだ迷っていたようです」

 そう言って気持ちを抑え込んだロゼは、おもむろに腰に手をやる。

 法剣と反対側に携えられていた長剣――に手を伸ばしたのだ。ベルトに固定していた留め金を外すと、それをアルフォンスに手渡した。

「折れた剣の代わりです。あなたにはそちらの方が使いやすいでしょう」

 アルフォンスはその重みを確かめながら、少しだけ刀身を引き出す。赤い月の光を反射する白銀――まごうことなき、吸血鬼を滅ぼすための輝きだ。

元々アルフォンスには扱いづらいであろう短剣を渡したのも、彼が積極的に戦闘に介入できないようにするためだった。

 だがアルフォンスは一度として退かなかった。彼の心意気を侮っていたことへの謝罪と、再び協力を結ぶという証。2つの意味を込めて、その剣は渡されたのだった。

 アルフォンスは力強くうなずき、その白銀の剣を自分の腰に携える。

 2人は再び顔を見合わせる。

 地下道――そこにルッカはいる。必ず救い出してみせる。若き軍人と“吸血鬼狩り”は深い闇の中へ走り出した。

 

                  ◇

 

 帝都の脇には、アノール河と呼ばれる広大な河川が存在する。そこに面する形で建設されたヘイムダル港――その一角に、地下道への扉はあった。

 普段は安全のため封鎖されている扉を強引にこじ開け、アルフォンスとロゼは意を決して侵入する。内部にはアノール河に繋がる水路が引き込まれており、その水の流れが静寂な暗闇の奥深くへと続いているのが分かる。

 かつて《暗黒時代》に建設された地下都市の遺跡はあまりに広大で、その全容は計り知れない。一切の整備がなされていないまま打ち捨てられた仄暗い空間は、まさに暗闇の迷宮ともいうべき様相を呈していた。

 アルフォンスとロゼは、わずかに差し込む赤い月の光だけを頼りに水路沿いを進み、吸血鬼エルロイの気配を辿っていく。あの時一度途切れた“匂い”は、今また凄まじい緊張を深奥から漂わせている。

 注意深く進んでいくと、ついに差し込んでいた月の光も途切れてしまい、辺りは完全な闇に包まれる。だがそれは短い間のことで、少し進むと壁に小さな松明が次々と立てかけられ、道を淡く照らしていた。

「やはり、以前からここを隠れ処にしていたんだな」

 とすれば、エルロイにさらわれていた身寄りのない者たちも、このどこかにいるはずだ。そう考えたアルフォンスだったが、ロゼは目を伏せて静かに首を振る。

「どうやら……手遅れだったようです」

 前方の闇の中に何かを見つけたのだ。こちらにゆっくりと迫ってくる、いくつもの影。屍人と化した人間――だ。ルッカの血を吸わずに連れ去ったエルロイだったが、その補填は彼がこの場所に“備蓄”していた人々によって果たされてしまったらしい。

 この屍人たちの中にルッカがいなかったことに少しだけ安堵したアルフォンスだが、もちろん彼女の安全は保証されているわけではない。エルロイがアルフォンスたちをおびき寄せるためには、彼女が生きている可能性だけを提示すればよいのだから。

 もはや一刻の猶予も許されない。白銀の長剣を引き抜くアルフォンス。ロゼはすでに法剣と銃を構えた戦闘態勢だ。

「行きますよ!」

「応!」

 掛け声とともに、2人は屍人の群れに雪崩れ込んだ。

 ――初めてまともに対峙する屍人たちとの戦いは、アルフォンスの心を著しく消耗させた。彼らはあくまで吸血鬼の被害者でしかない。その生命を奪われたばかりか、人を喰らうなどというおぞましい禁忌を、無理矢理に破らされているのだ。

 受け取った剣は、そんな彼らに安息を与えるためのものだ…… 理解していても、斬りつけただけの傷を心に負うのを感じていた。

 ロゼは舞うように武器を操り、次々と彼らを倒して道を開いていく。少しだけ進むとまた新たな屍人が現れ、彼女の舞いの相手となる。

 彼女は今まで、こんな痛みをたった一人で背負い込んできたのだろうか。絶望的なまでの孤独だ。何が彼女をそんな場所に追い込んだのか、アルフォンスは知りたかった。

そのうえで、何か力になれることを探してやりたいと思った。だが、今はその時ではない。

 アルフォンスは心の痛みに耐えながら、がむしゃらに剣を振るい、前へと進む。

 

                 ◇

 

 壁の松明を道標に、複雑な地下道を駆け抜けるアルフォンスとロゼ。数十体の屍人をなぎ倒し、体力と精神を削りながら進撃を続け――

 やがて2人は、開けた場所にたどり着いた。

 水路が傍にあるためか湿り気のある灰色の土に、規則的に並べられた十字架。かつての暗黒時代のものだろうか、風化しかけたそれらは今にも崩れ落ちそうなほど古びている。数本の松明だけで照らされたそこは――古の地下墓所(カタコンベ)というべき場所だった。

 暗き地下道の中にあってより一層陰気な気配に包まれるその場所――その中央に、軍服の上に黒き外套を着込んだ男がひっそりと立っていた。

 ここまででかなり疲弊していたアルフォンスはロゼにその半身を預けつつも、その姿を捉えると大声でその名を呼んだ。

 

「エルロイ!!」

 

 地下の全てに反響して響いたかのようなそれにも動じず、男は黒き外套を翻して振り向いた。禍々しい緊張が辺りを包む。

 

「よく来たな――」

 

 薄い笑みを浮かべた口元には、数多の生命を吸った血塗れの牙が覗いていた。

 

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