闇医者グレン 第3回 患者
いつの間にか雨は上がり、あたりは湿った空気に包まれていた。
「こんな物が出来ていたのか……」
エメリア総合病院――昨年建造された病棟は
真新しくも威厳を感じさせる立派な建物だった。
さすが、大公家が出資したというだけのことはある。
「グレン先生、こっちです。」
思わず呆けてしまっていたグレンを、
シェリーは病院内へと誘導する。
病院の医者ではないグレンに患者を診察させるのはタブーだ。
できることなら目立ちたくはない。
だが、白を基調にデザインされた清潔感あふれる病棟内を歩くと、
薄汚れた身なりのグレンはより浮いて見えた。
すれ違う外来患者や病院職員がいちいちこちらを振り向くのを鬱陶しく感じる。
入院病棟に移って更に奥へ進むと、小児病棟に辿り着いた。
303号室と番号を割り振られた個室部屋。
シェリーが扉を3度ノックして扉を開けると、
白いベッドにパジャマ姿の少年が座っている。
少年の名はヒューゴといった。
歳は14といった所であどけない顔つきをしている。
「シェリー姉ちゃん!
どこ行ってたんだよ~。」
ごめんね、と謝るシェリーに対してヒューゴは随分なれなれしい態度をとる。
“生意気”という言葉がピタリとはまる少年だ。
シェリーがグレンを紹介すると、
彼は人懐こく「よろしくな~」と挨拶してきた。
グレンは、それを無視して病室を見回す。
ふと、壁に立てかけられたバイオリンが目に入り、
道すがらシェリーに聞いていた話を思い出す。
ヒューゴは天才少年バイオリニストとしていくつものコンクールで優勝していた。
つい先月には雑誌などで取り上げられ周囲からの注目が最高潮に達していた時、《結晶病》にかかってしまったという事だった。
グレンは苦虫を嚙み潰したような顔になった。
少年の両手に厚手の手袋を確認したからだ。
――手に症状の出た《結晶病》の患者がそれを隠すためにつけるものだった。
「早速、診察を始めるぞ。」
言うや否や、グレンはヒューゴに近づき、その右手首を強引に掴み上げた。
「な、なにすんだよ!」
ヒューゴは激しく抵抗したが、手首から上はピクリとも動かない。
乱暴な「診察」を心配そうに見守るシェリー。
グレンはそのまま、無理矢理手袋を外しにかかる。
中を見られまいと慌てるヒューゴだったが、大人でも屈強な部類に入るグレンの腕を引き剥がすことはできなかった。
――露になった手を見てグレンは息を飲んだ。
少年の柔らかい手があるはずのそこには、翠耀石のような結晶が冷たく輝いていたのだ。
そう、これがまさに《結晶病》だった。