闇医者グレン 第6回 カタリナ
10年前、グレンはルーファスと共にレミフェリア公国内のある病院に勤めていた。
手術の才に恵まれた2人は、若手医師の中でも期待の星だった。
ある日2人は、接待で連れていかれた小劇場で、公国に伝わる伝統舞踊『バレエ』を見て、舞台の上の一人の踊り手に心を奪われた。
彼女の名前はカタリナ・フォードと言った。
2人は柄にもなく劇場に通いつめ、縁あって交遊関係を持つようになると、明るくも気高い彼女に徐々に惹かれていった。
彼女の歳の離れた妹もよくなついてくれた。
やがてグレンとカタリナは恋人同士となり、友であり好敵手だったルーファスも、それを心から祝福した。
しかし、幸福な日々は長くは続かなかった。
ある日、カタリナは難病にかかり、グレンとルーファスが勤める病院に入院する。
病名は……《結晶病》。
バレリーナの命ともいえる彼女の足は、くるぶしまで翠耀石のような結晶と化していた。
「あは……綺麗なものね……」
それは明るい性格の彼女らしい強がりだった。
担当医に選ばれたグレンとルーファスは苦悩した。
カタリナの命を助けるためには結晶化した部分を早急に切除するしかない。
しかしバレエに情熱を燃やすカタリナの足にメスを入れることなどできなかった。
2人は死に物狂いで新しい術式を探した。
カタリナの命と足、両方を救う奇跡の方法を。
過去の症例を漁り彼女の体を何度も検査する。
そんな日が続く中、グレンはある事実を発見する。
《結晶病》にかかった患者の心臓には、共通して小さな"腫瘍"が確認されたのだ。
この腫瘍が毒素を血液に混入させ、それが体内に蓄積していくことで結晶化が進行する。
手術で腫瘍を取り除くことができれば、徐々に症状は回復に向かうだろう。
新しい術式の発見に一時周囲は沸いたが、2人は手放しで喜べないでいた。
心臓にできた腫瘍の切除は、危険すぎる。
それは医療先進国であるこの国でも難しい手術だ。
失敗すれば、それは"死"に直結してしまう。
だが、これ以上手術を遅らせることはできない。
カタリナの結晶化は今なお進行し続けているのだ。
ーー決断の時が迫っていた。
「……結晶化した患部を切除するしかない。命とバレエを天秤にかけるなんて馬鹿げてる。」
導き出したルーファスの結論に、グレンも同意した。
恋人がバレエを失ったとしても、生きていればきっと新しい夢が見つかるはずだ。
しかし、カタリナの答えは違った。
「バレエは私の命なの。足を失うことは、命を失うことなのよ。」
少しでも可能性があるのならそれに賭けてほしい。
カタリナは恋人グレンにそう頼んだのだった。
手術の日が刻一刻と迫る中、グレンは葛藤した。この選択が彼女の生死を分けるかもしれない。
考え、悩み、苦しみ抜いた。
そして……結局は彼女の意思を汲む形になった。
ルーファスは激しく反対したが、
「必ずカタリナを助ける」というグレンの眼を見て、もはや止められないことを悟った。
数日後、執刀医グレンによる手術の日が来た。付き添いの妹が心配そうに見守る中、カタリナが手術室に運ばれていく。
「……信じてる、グレン。」
カタリナはグレンのごつごつした手を握ると、そのまま麻酔による深い眠りについた。
「ーーそして彼女は二度と目覚めなかった。」
グレンの話を引き継いだのは、屋上に上がってきたルーファスだった。
「グレンはその後、すぐに病院を去った。カタリナの死から逃げ、闇医者などというヤクザ者に身を落としたんだ。」
シェリーは、ハッとしてグレンを見た。
「……何の用だ?」
グレンは街並みを眺めたまま振り返らない。
ルーファスは瞑目し次の言葉を紡いだ。
「ヒューゴ君の手術の期日が決定した。……1週間後だ。」