闇医者グレン 第4回 結晶病
それはよく観察すると、あまりにも生々しい“人間の手”を形作っているのがわかる。まるで精巧な美術品のようだった。
だが、どんなに老練した彫刻家といえど、ここまでの息づきを感じられる作品を作ることはできないだろう。
なぜなら、この美しい翠耀石(エスメラス)のような結晶は、“元は少年の手だったもの”だからだ。
この病は手、あるいは足の先から突然発症し、徐々に肉体を結晶化し始める。結晶化した部分に痛みはないが、少したりとも動かすことができなくなる。そして1ヶ月前後の時間が経つと、それは心臓に及び、患者は死に至る。
――これが《結晶病》の症状だ。
何が原因でこのような病が発生したのか、それは未だに解明されていない。唯一分かっているのは、《結晶病》の死から免れる一つの方法のみだ。
すなわち、“結晶化した部分を切除する”こと。そうすれば命だけは助かるのだ。
……だが、バイオリニストの夢を持つ彼にとって、それはあまりに酷な意味を持っていた。
症状を目の当たりにしたグレンは呆然としていた。彼の脳裏に過去の記憶が電流のように迸る。
グレンは過去、医者として《結晶病》に挑んだ。
そして…… そして……
「――離せっ、バカヤロー!!」
少年の叫び声で、グレンは我に返った。
ヒューゴは体をくねらせて、ようやく筋肉質の腕を振りほどく。よほど手を見られるのが嫌だったらしく、その後は激しい罵倒の言葉を浴びせ続けた。
「ちくしょう、なんだってんだよっ……!」
ついには涙を流しだした少年をシェリーが慰める。しばらくしてようやく落ち着いた少年は、ふてくされるようにベッドに潜り込んでしまった。
少年を残して病室の外に出る。
二人はしばらく沈黙していたが、やがてグレンがぽつぽつと話し始める。
「……あのガキの結晶化は初期段階だ。すぐに手術をすれば命は助かるだろう。この病院の外科医なら誰にだってできる手術だ。……お前は俺に何をさせようというんだ?」
グレンの声には先程までの覇気がなかった。
「……ヒューゴ君にはバイオリニストになるという夢と、それを叶える充分な才能があります。それはあの子にとって『命』と同等といえるものなんです。グレン先生には…… あの子が手を失わない方法で、結晶病を治して欲しいんです。」
『不可能を可能にしてほしい。』
シェリーの言っていることはそういう類のものだ。
「……医者は神様じゃないんでな。」
グレンに突き放すように言われ、シェリーの顔に落胆の色が浮かぶ。何とか食い下がろうと言葉を探したが、最適なものは見つからなかった。彼もまた、それ以上話そうとはしない。
次の言葉を発したのは……
グレンとシェリー、どちらでもなかった。