不義の英雄 第3回 【継承者】
街の人々はマークを恐れて、誰も口出し出来ませんでした。
「マークが街を救ってくれるのはありがたいけれど、
何か1つでも悪さをしたら自分達も悪者として殺されるんじゃないか」
街の人々はそう考えるようになり、マークに媚びへつらって再び英雄ともてはやすようになります。一方マークは、
「ようやく英雄の存在がいかに大事か思い出したようだな。
まぁ、俺にとって悪者退治は害虫駆除と同じさ。
現れたらすぐに殺さないと被害が出る。
全部俺が駆除してやるから、みんなも協力してくれよ」
と満足げに語り、英雄を名乗り続けられる事を喜んでいました。
◇
そんなある日人攫いが街に現れたと聞いて、マークは率先して動きます。シノもいつもの様に兄の後ろを付いて行きました。マークは街の情報網を駆使して誰よりも早く人攫いの正体に見当を付けましたが、犯行の瞬間までその時を待ちます。
そしていよいよ、人攫いが密かに家に侵入し、誰かと接触した機を見計らい突入。全力を持って切り殺しました。
マークは自分の計画が上手く運んだ為誇らしげな笑みを浮かべながら、攫われそうになっていた人物に手を差し伸べます。
「どうだ、見てたか? 悪者は俺が退治したから大丈夫だぞ」
現場に居合わせた人物は、まだ年端もいかない少女でした。
マークはその少女の顔に見覚えがあります。それはマークが英雄になった時、初めて救った命である赤ん坊の成長した姿そのもの。しかし当時の朗らかな表情は見る影もなく、現在の表情は呆然としたまま凍り付き、身体はマークが切り殺した人攫いの男の返り血に濡れています。
「お……お父さん……何で……」
少女の口からが感謝の言葉が出るとばかり思っていたマークは困惑しました。
改めて倒れ伏した男の方を見てみると、その手元には可愛らしい彩りの花束に『たんじょうびおめでとう』というカードが刺さったまま、血の海に赤黒く染まっています。
「どういうことだ? 俺は人攫いだと噂を聞いて来たんだぞ」
マークは少女に問いかけました。すると顔面蒼白だった少女は、マークの言葉を受けてゆっくりと目を見開きます。そして父親の仇であるマークを見据え、憎悪を込めて言いました。
「お父さんが何をしたっていうの!?
ひ……人殺し……この人殺し!」
とても子供の声とは思えない怒気を孕み、マークを睨みつける少女。英雄の原点とも言えるような存在の少女の言葉はマークの心に深く刺さり、とたんに胸が底冷えするような思いがして現場を立ち去りました。シノもそんな兄の後ろを追いかけます。
この時のマークは知る由もありませんでしたが、人攫いだと噂されていた人物は家庭の事情でこっそり子供に会いに来ていた父親だったのです。少女の誕生日が近づきプレゼントを渡す機会を見計らっていた為、少女の後ろを付け回していた事からあらぬ噂が囁かれていたのでした。
◇
逃げるようにしてマークは人通りの無い道に入り、なぜか吹き出す冷や汗を拭います。マークは今まで数多くの『悪者』を殺して来ましたが、少女から『人殺し』と言われて初めて、自分の行いが『人間や生き物』を殺していた事に気が付いたのでした。
「俺が殺して来たのは悪者だ……人間じゃない。
悪者を倒せば皆喜んでくれたんだから、
正しい事に決まってるはずなんだ」
そう自分に言い聞かせるマークをよそに、
「悪者を倒したんだし、早く街の人に知らせよう?」
とシノは平然とした様子でマークを促します。
「……俺の代わりにお前が報告に行って来いよ。」
「どうして? いつもは兄さんが率先して知らせに行ってるじゃないか」
表情ひとつ変えないシノとは対照的に、マークは冷や汗を浮かべてひどく狼狽していました。
『お父さんが何をしたっていうの!?
ひ……人殺し……この人殺し!』
少女の言葉はマークの耳に付いて離れません。マークは漠然と今までの自分の行いが恐ろしい事のように思えて、後ろを付いてくるシノに言います。
「……俺、もう英雄を気取るのを辞めるよ。
成りたければお前が成ればいい」
そう告げて、血を拭き忘れたままになっているマーク自慢の剣を弟に渡しました。シノは真顔から一転して表情を輝かせ、満面の笑みで答えます。
「本当!? それじゃあ……
兄さんに代わって僕が英雄になるね!」
シノはようやく夢が叶う事への高揚感を隠すことなく嬉しそうに剣を受け取ると、何の躊躇いも無くマークの胸にその剣を突き立てました。
「あははっ、人殺しの悪者を倒したから、これで僕も英雄だ!
そうだよね兄さん!」
膝を付き倒れ伏すマークの姿を、誇らしげな顔で見届けるシノ。手際よく剣に付いた血を拭き取って鞘に収めます。その姿はまるでマークの生き写しの様でした。
「後は街の人に見てもらって、認めて貰えばいいんだよね」
シノが軽い足取りで立ち去る姿を最後に見て、マークは自分の行ってきたことが間違いだったと思い知りながら――二度と開く事のない瞼を閉じるのでした。