徒然雑記帳

ゲームプレイを中心に綴っていくだけのブログ。他、ゲーム内資料保管庫としてほいほい投げます。極稀に考察とかする…かな?お気軽に読んでいってください。

陽溜りのアニエス 第3回 金の瞳

「……アニエスッ!!」飛び出した1ブロック先を目指して全力で駆け出した。足には自信がある。ついでに目もいい。目前の光景の中に、確かにアニエスはいた。が、それは一瞬こっちを見て、エドウィンが混乱する人々とぶつかっている間に消えてしまった。なっ……何で逃げるんだよっ!?

 爆ぜるような嫌な音がして、また倒れた車体が火を吹きだす。「くそっ!!」ようやく辿り着いたエドウィンはコートを脱ぎ、火を叩いてドアをこじ開けようとした。中からは悲鳴と助けを求める声が上がり、窓からは運転手の腕が垂れ下がっている。

 ……原稿が採用されなくったって本当はいいんだ。エドウィンは頭のどこかでそう呟いた。正義の記者を舐めるなよ!!

 

 「カゲマル、今日は買い物に行くんだからね」その朝、エドウィンを送り出した後で、アニエスは出かける支度をしていた。昨晩大事なことを思い出したのだった。もうすぐ叔父さんの誕生日じゃない。

 この喫茶店のマスターであるアニエスの叔父は、今年40になる。エドの誕生日なら「めんどくさい」の一言で片付けられるけど(といっても、去年もそのまた前も、後で何かをあげた気がする)お世話になっている叔父さんにそういう訳にはいかないでしょう。

 水を飲んだグラスを置いて、アニエスはカウンターで居眠りを続けるカゲマルをもう一度嗜めた。この怠け者、聞いてるの? 黒猫はブサイクな顔を歪めてただブニューと鳴く。まったくもう……

 奥でビール瓶を運んでいた叔父に適当な断りを入れてから、アニエスは寮になっている2階に上がった。

 

 今日は動きやすい服がいいな。

部屋のドアを開けて入り、またすぐに出てくる。アニエスはもう軽いタンクトップに着替えていた。廊下に掛けてあるお気に入りのニット帽を被って、ハミング交じりに階段を下りてくる。

 ……と、カゲマルがこっちをじっと見ていた。誰も見てないし、いいでしょ別に。アニエスはそう肩をすくめて歩きだした。「行くよ、カゲマル!」

 黒猫はひらりとジャンプして、ニット帽の上に着地した。その拍子に、またクリーム色の髪があちこち撥ねだす。もう、あんたって子は……! 腰まであるアニエスの髪は、なぜだか隙あらばぴょこぴょこする。慌ててあちこちを押さえたけれど、踊りだした髪はやっぱりもう直ることはなかった。

 

 アニエスの母は、10年前のある日にいなくなってしまった。父は温厚な人で、15になるまで一緒に暮らしたけれど、やっぱり母を諦め切れなかった。だから喫茶店を開く叔父の元にアニエスを預け、母を捜しに行ってしまったのだった。

 今ならアニエスにも、2人のそれぞれの気持ちが痛いほど判る。きっと母も、父のことが死ぬほど好きだったのだろう。

 「はぁ、どうしよっかな……」港沿いの市場に来れば出店もたくさんある。そう思って来たけれど、何を買うかまでは考えていなかった。叔父さんに探りを入れておけばよかったかもしれないな…… アニエスはそんな事を思っていたのだった。導力バスの巨体が飛んでくるまでは。

 

 突如車線を外れたその大型バスは、勢いよく分離帯に乗り上げて、こちら側――つまり対向車線側――を走るトラックのどてっ腹へと突っ込んできた。鮮やかなグリーンに塗られた車体に太陽がチカチカと反射して、おかしな方向に捻じ曲がったタイヤは早くも宙へと飛び始めている。

 運転手の人、もう死んでる……

宙に浮くバスを見て、アニエスは漠然とそう思った。頭の中は混乱していた。でも同時にこれ以上ないほど冷静だった。この大きな金属の塊が地面に落ちる頃には、最前列の紳士も窓際の妊婦さんも、みんな死んでしまうのだろう……

 

 「――カゲマル」 言葉に応え、カゲマルがその金色の目を開いた。アニエスも目を見開いた。人々が悲鳴をあげ、我先にと逃げ出す中、4つの金の瞳がただその先の世界を見詰めていた。

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