徒然雑記帳

ゲームプレイを中心に綴っていくだけのブログ。他、ゲーム内資料保管庫としてほいほい投げます。極稀に考察とかする…かな?お気軽に読んでいってください。

陽溜りのアニエス 第10回 女教皇の道

 大時計が2回鳴るのを待って、アニエスはそっと部屋を抜け出した。外から差し込む月明かりを頼りに薄暗いカウンターを抜け、ドアへ向かう。内鍵を外して深夜の冷気の中へと滑り出た。

 

 あの後もう一度だけタロットを引いた。占う内容は「自分がいつ行動を起こせばいいか 」。答えは女教皇――つまり午前2時だ。大丈夫、エドはきっとまだ無事だとアニエスは思った。午前2時に出かければきっと救う事ができるだろう。 アニエスはふと、自分の手が震えているのに気がついた。

 今動いてはダメだ、きっとその間違いでエドは死んでしまう。今は何もしちゃいけない。午前の2時まで何もしないで耐えなくちゃ――

 

 「ブニャッ」カゲマルが頭の上に飛び乗った。カゲマルは見た目よりずっと重くて――多分怠け者だから太ったんだと思う――、でもその重さが我に返らせてくれる。アニエスは輝く満月を見上げて、一つ短く深呼吸をした。「……行こう」

 調子は悪くない。目をつむって街を流れる七耀の淀みを感じ取った後、アニエスは仄かな夜道を歩き始めた。……この先にきっと『闇』がある。

 

 アンカーヴィルの街は、 真夏でも夜は冷え込む。おまけに時間が時間だから、アニエスは薄手の白いセーターを着込んできた。クリーム色の髪が月光に透き通り、歩調に合わせて首から下げた翠耀石がちゃりちゃりと小さな音を立てる。母が自分に残してくれたのは、このちっぽけな石だけだった。アニエスはもう母の顔を覚えていない。まだ小さい頃、母は人前で力を使ってしまって、どこかへ姿を消したのだ。それが自分たちの一族の掟……。教わった覚えは無くても、なぜだかはっきりと知っている。 自分達はとても危険な可能性を秘めていて、……だからひっそりと息を殺して、誰にも気付かれないように生きていくしかないのだ――。

 やがて道は市街を抜け、大きな丘へとやってきた。墓地みたいだ、とアニエスは思った。丘の上へ向かって墓碑が黒々と立ち並んでいる。そしてその中に、ヒラヒラと舞う何かが見えた。

 ……いた、エドウィンだ!

間違えるはずがない。あれは例の交通事故の時にあちこち焦げてしまったエドのコートだ。あれほど買い換えなさいって言ったのに、まだあんなのを着て!

 ともかくアニエスは身を伏せて、カゲマルを頭上から外して腕に抱いた。どうしよう、もっと地味な格好をしてきた方がよかったかもしれない……

 でも、きっとこの先でエドは殺される。アニエスは呼吸を整えて、慎重にエドとの距離を測り、そっと闇の中へと滑り込んだ。

 

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