徒然雑記帳

ゲームプレイを中心に綴っていくだけのブログ。他、ゲーム内資料保管庫としてほいほい投げます。極稀に考察とかする…かな?お気軽に読んでいってください。

陽溜りのアニエス 第6回 亀裂

 

 

アニエスを通信社に届けた後、先輩記者たちに率いられたエドウィンは、アンカーヴィルの街で一番の大会館に来ていた。今日ここでウェーバーハルト氏の膨大な遺産について会見がある。さあ、取材をしようじゃないか! 席とりをしておけと言われ、会見室へ急いだエドウィンだが、今彼は見知らぬ廊下をぐるぐると回っている……気がしていた。

 どこだよここ。どうして会見室につかないんだ!?段々腹が立ってきた。ズンズン歩きながら適当なドアを開いて入ってみるが、それは小さな物置場所だったり、やっぱり廊下だったりした。アニエスが見れば「まったくもう」なんて言いながら、むすっとした顔を作ってみせることだろう。でもエドウィンはいつだって本気だ。

 どこからか、会見開始20分前を伝えるアナウンスが聞こえてきた。……あれ、やばくないかこれ。そろそろ焦りを感じ始めたエドウィンが、何だか金縁で「控え室105」と書かれたドアを勢いよく開けると、そこには品の良いスーツにネクタイを締めている、30代後半といった男がいた。「……おや、会見にはまだ時間があるはずだが?」

 エドウィンはぴぃんときた。この男、確か編集部に写真が貼ってあった人物だ。ウェーバーハルトの親友でも関係財団の理事長でもなく、生前から財産の管理をしていて今はその遺産をどっちに渡せばいいんだ、と悩んでいる『真ん中の男』。財産管理人ハクス・モンテニューだ!

 それでエドウィンは言った。会見の段取りを尋ねてくるモンテニューを完全に無視して。

「……俺っ、イートン通信のエドウィンといいます。今日の会見内容を取材させてもらえませんか!?」

これは俺一人のネタだ! と言わんばかりの非常識な申し出は、さすがにぽかんとされたが、エドウィンはもちろん本気だった。

 

「――氏の遺産分配に関しては、本当にご両名に決めていただかないとね」

私は税理士であって法律家ではない。半分お情けで取材に応じてくれたモンテニューは、クッションの効きすぎた黒革椅子に身をゆだねてそう答えた。基本は半々に分ける事になっている、ただ土地や美術品もあるし、あの両氏が簡単に引き下がるとは思えないがね。

「遺産は相当なものでしょう?どっちかが独り占めを狙ってるって事は?」

「ノーコメント。私の預かり知らぬことだよ」

「ええと……では、本来の相続人であるウェーバーハルト氏の養子が亡くなった件について、何かご存知の事は……?」

「………………………………」

 

唐突に沈黙が訪れた。今まで流暢だったモンテニューは石像のように何も言わない。……しまった、怒らせちまった? こんなのゴシップ紙の質問じゃねえか!エドウィンがようやく自分の無神経っぷりに気付いたとき、モンテニューの右手がそっと動いた。中指でトントンと机を叩き、今度はその人差し指が彼のこめかみをエレガントにつつく。……エドウィンにはそのジェスチャーの意味が判らなかった。

「私個人としては……、これはかなりぶちまけた話だからオフレコでお願いするが――……氏の遺産などに興味はないね」

モンテニューは言った。確かにウェーバーハルトの遺産は巨額だが、人を殺してまで手にする価値があるとは自分は思えない。

「君は知っているかな。この世には人智を超えた、もっと凄まじい価値もあるのだよ。――そう、例えば『魔法使い』の一族とかね」

 

 記者たちが取材に出てしまった編集部は静かだ。まばらに残った人たちにコーヒーのおかわりを配りながら、アニエスはちらりと室内に目を走らせた。

 机に残った書きかけの原稿や、壁に貼り付けられている無数の付箋――スペルミスばっかり――を見て、アニエスの頭の中では明日のイートン通信がだいたい組みあがってしまう。……エドの出番はしばらくなさそうね。それに、またどこかで事故があったみたい。やっぱり最近、事故が多い気がするな……。

 ふと、正面に貼られた写真に目が留まった。

「あの、チャン編集長、この人は……?」

部外者立ち入り禁止の編集部だが、ガミガミ編集長で通るチャンもアニエス咎めたことはなかった。チャンはただぎょろりとした目を向けて、ウェーバーハルト氏の財産管理人だ、と言った。

 写真は2日前の会見のものらしい。そのやり手の実業家といった男に、アニエスは嫌な直感を感じた。

 ……この男は私を壊すかもしれない。

私の正体を知っているかもしれない――……

 

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