徒然雑記帳

ゲームプレイを中心に綴っていくだけのブログ。他、ゲーム内資料保管庫としてほいほい投げます。極稀に考察とかする…かな?お気軽に読んでいってください。

賭博師ジャック

 

 

 

資料保管としてPCの奥に眠っていたので置いておきます。空の軌跡より、賭博師ジャック一気読みです。

 

賭博師ジャック

 

第1回 少女

――カルバード共和国。
この国には東方からやって来た移民たちが、
故郷を想い、故郷に似せて築き上げた街がある。
俗に「東方人街」と呼ばれるこの街は
いつも人々の活気と熱気で満ち溢れている。

古びた導力バスの走る大通りには
香辛料をきかせた東方料理の屋台が並び、
威勢の良い売り子の声が旅人達を出迎える。
大路を行き交う人々の顔立ちも様々だ。

東西文化の交差点――
まったく、その言葉通りの場所だろう。

そんな町の北のはずれに
おんぼろな一軒の酒場が立っている。
元は東方風の洒落た造りだったのだろう。
だが、今では所々で白壁が剥がれ落ち、
戸という戸はすべて建付が悪い。
店が店なら客も客。
ここは無法者や、ゴロツキどもの溜まり場だった。

「へへ……悪いな、また俺の勝ちだ。」

ほこりっぽい店内にハスキーな声が響く。
声の主はジャック。
年の頃は30代前半、中肉中背、壮年の男だ。
着ている襟付きシャツは、肝心の襟がくたびれ
海草のようにしおれているが、それでも彼の一張羅だ。
一方、その身を飾るアクセサリーは
どれもこれも一目で価値の判る物ばかり。
蒼い光を帯びた瞳と同様、彼にはそぐわない代物だ。
周りにいる、ただみすぼらしいだけの
ゴロツキたちと比べると彼は少し浮いて見えた。

ジャックはいつもこの酒場で
無法者を相手にギャンブルをし、酒を飲み、
時に殴り合い、また酒を飲んで日々を過ごしている。

彼は今日も酒場に陣取り、
昼間から酒をあおっている。
いつもと同じ……
昨日と変わらない一日がまた始まろうとしていた。
――そんな見慣れた昼下がり。
店の扉が悲鳴のような音を立て、
酒場にあらたな客を運んでくる。

やって来たのは……見慣れぬ少女だった。

 

 

 

 

 

 

 


第2回 誘い

少女は店内に踏み込み、後ろ手に扉を閉める。
どうやら店を間違えたワケではないらしい。
まだあどけなさの残る表情……
どれだけサバを読んでも18がいい所だ。
実際は15、6だろうか。
暗褐色の瞳と髪の毛からして東方系だろうが、
鼻筋の通った顔立ちを見るとそうも言いきれない。
少女はゆっくりと歩き始めた。

一足ごとに、かわいらしいひざが
スカートの裾から顔を覗かせる。
至って飾り気のないデザイン……
見た目よりも動きやすさが
きっと彼女のお好みなのだろう。
そのせいか、胸元を飾る東方風の首飾りも
素っ気ない細工の物に見えてくる。
……ボリュームに欠けるのも1つの原因だろう。
それ相応の色気を身に着けるには
まだまだ時間がかかりそうだ。
東西両方の特徴を備えた容姿に
飾り気のない質素な衣服――
少女はまるで、この東方人街そのもののようだ。
1人のチンピラが
すぐ少女に目をつける。
「へへ、お嬢ちゃん。
 ……俺とイイことしねえか?」
チンピラはそう言うなり、
脂ぎった手で少女の手首をつかんだ。
――瞬間。

少女の手がチンピラの腕を振り解く。
自由になったそれがスカートの奥へ消え、
黒光りする鉄の塊と共に滑り出てくる。
鼻先に突きつけられた物を見て
チンピラは腰砕けに床へと座り込んだ。
共和国ヴェルヌ社製の導力銃。
小型ながら大口径を誇る火器で
もし火を吹けばチンピラの頭は消し飛ぶだろう。
……少女が護身用に持つ代物ではない。

「最新型よ、試してみる?」
こういった状況に慣れているのか、
少女はいたって冷静だ。
構えた導力銃の銃口も微動だにしない。
そんな少女に圧倒されたのか、
チンピラはピクリとも動けなかった。
酒場の空気が凍りつく。
周囲の視線はみな少女に釘付けだ。
「ヒィック……嬢ちゃん。
 それくらいで勘弁してやってもらえねえかな。」

この状況に堪えかねたのか、
不意に誰かが言葉を発した。
しわがれていて、どこか色気を感じさせる声。
――ジャックだ。
彼は椅子に腰掛けたまま、
酒臭い息を吐き、後を続けた。
「コイツも十分反省してるはずさ。」
彼はそう言ってチンピラに視線を送る。
それに応えるように
チンピラは激しくうなずいて見せた。

「私、ギャンブルをしに来たの。」
少女はぶっきらぼうにそう告げると、
左手の導力銃をそっと下ろした。
その表情は相変わらず冷たいままだ。
「……いいぜ、こっちに来な。
 俺が相手してやるよ。」
ジャックの言葉に反応したのは
少女ではなく、ゴロツキどもの方だった。
互いに顔を見合わせつつ、
みなその顔にいやらしい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 


第3回 真昼の勝負

ジャックと少女は、奥のテーブル席に向かった。
そこはギャンブル専用なのか、
丁寧にニスで磨き上げられている。
言葉を交わすこともなく、2人は席についた。
ジャックが壁を背に、少女はそれに向き合う形で。
ゴロツキどもはそんな2人の様子を盗み見ている。
2人の勝負が気になって仕方がないようだ。
揃いも揃って聞き耳を立てているらしく
酒場の中は不気味な沈黙に包まれた。

少女はポーカーの勝負を挑み、
ジャックは黙ってこれを受ける。
2、3の隠語でルールを確認すると
最後に賭け金の額を決める。
1勝負100ミラ――酒代にもならない額だが、
「子供相手じゃ、これくらいがいい。」
と、ジャックは一方的に話を進める。
カードを配るのはさっきのチンピラだ。
ジャックはチンピラに軽く目配せする。


初戦――
お互い一度だけカードを交換する。
ジャックがコール。
少女が受けて立つ。
ジャック、ツーペア。
少女、ワンペア。
――ジャックの勝ちだ。
「はは、悪いな嬢ちゃん。」
彼はグラスになみなみと注がれた
琥珀色の液体を一息で喉に流し込んだ。
2回戦――

お互い一度だけカードを交換する。
余裕の表れだろうか、
ジャックは大きなあくびをして見せる。
少女がコールする。
ジャックがそれを受けて立つ。
少女、ツーペア。
ジャック、ツーペア。
カードの強弱は……少女の側が強い。
――少女の勝ちだ。
「……………何!?」
グラスを弄ぶジャックの手がピタリと止まる。
ジャックはすかさずチンピラに目をやった。
チンピラは目を泳がせる。
「どうかした?」
そう聞く少女は、
まるで仮面のようなポーカーフェイスだ。
「い、いや……何でもない。」
(まさかコイツすりかえを?
 ……………………面白い。)
――ジャックの目つきが変わる。

彼は軽く咳払いをして
左手のグラスをテーブルに置く。
それからもう一度、咳払い。
……合図を聞いたチンピラがカードを手に取る。
「次は普通に配れ」という意味だった。
3回戦――
やはり、お互い一度だけカードを交換する。
ジャックがコール。
少女がそれを受けて立つ。
ジャックの手は……フルハウス
「ははは、どうだ!」


ジャックは得意げに手札を開く。
ゴロツキどもの間から忍び笑いが漏れる。
少女は無造作に自分のカードを広げた。
……7のフォアカード。
結果は少女の勝ち――
店の中はしんと静まり返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

第4回 娘

結果は……少女の勝ち。
静まり返った酒場を、通りの喧騒が駆け抜けた。
「くく……くくく………」
ジャックは込み上げてくる笑いを抑え、
少女に問いかける。
「おい嬢ちゃん、一体どこで
 こんな腕を身につけたんだ?」
少女は言葉を返さない。

代わりに彼女はカードを手に取り、
それを見事な手つきでシャッフルし始めた。
自分の手元に5枚、ジャックの側にも5枚、
滑らせるようにして交互に配る。
「開いて。」と少女。
ジャックがカードをめくる。
ジャックにはJのフォアカード、
少女にはKのフォアカードが来ていた。
「これは……この配り方は………!」
カードを見たジャックが絶句する。


『ジャックはキングに勝てないんだぜ。』
彼の頭の中を
「キング」の言葉が駆け巡っていた。
「キング」。かつて共和国最強と謳われた
今は亡き伝説のギャンブラーの通り名だ。
少女の見せたカードさばきは
そのキングが得意としていた技――
ジャックをからかう時によくやる配り方だった。
「お前は一体……何者なんだ?」

息を呑み、ジャックは少女に問いかける。
ようやく少女は彼の言葉に答えた。
「あなたは私のことを
 よく知らないでしょうけど、
 私はあなたのことをよく知っている。」
「こんにちは。
 ヴィクトリー・ジャック。」
「私の名前は、ハル。
 あなたに殺されたキングの娘よ。」
「………! キングの娘だと!?」

キングの娘と
直接会ったことはなかった。
だが、ジャックには確かに覚えがあった。
親ばかのキングから、彼の娘の話を
耳にたこが出来るほど聞かされていたからだ。
「そうか……キングの娘が
 俺を殺しに来たか………」
場にピリピリとした空気が流れる。
「いいぜ、殺せよ。」
ジャックは無造作に言い放った。

酒場にいる誰もが予期せぬセリフだった。
「心臓はここだ、よく狙ってくれよ。」
そう言いながら、
自らの胸をトントンと突いて見せる。
少女――ハルが導力銃を静かに構える。
狙いはもちろん……ジャックの心臓だ。

 

 

 


第5回 招待状

ハルの指が導力銃の引き金にかかる。
この酒場に、彼女を止めるような
勇気のある者などいない。
ゴロツキどもはただうろたえ、
遠巻きに騒ぎ立てるだけだった。
「てめえら、うるせえぞ!」
イラついたジャックが一喝する。
すると、ものの見事に静寂が訪れる。

ジャックは奥歯をかみ締めたまま、
その瞳でしっかりと少女を見据えた。
「……そうよ、私の目的は敵討ち。」
「でもこんな形じゃ意味がないの。」
ハルが突然、導力銃を下ろした。
思いも寄らぬハルの行動に
ジャックは戸惑いを隠せない。
そんなジャックに向かってハルは続けた。
「……私はこの3年間、

「それこそ血のにじむ思いをして
 ここまでの腕を身に付けたわ。」
そこまで言うと彼女は、
ジャックに向かってカードを投げつけた。
何かの招待状のようだ。
「決着にふさわしい舞台を用意してあるの。
 勝負の続きはその場所で行いましょう。」
「あなたがとっても
 大好きなポーカー勝負よ。」
「父が味わった悔しさ、惨めさ……

「その全てをあなたにも味わわせてあげる。」
そう言い残し、ハルは酒場から消えた。
少女の言葉の意味する所がつかめず、
ジャックはしばらく呆然としていた。
床に落ちたカードを拾い上げ、
そこに刻まれた文字を眺める。
『明日の夜10時、港に来い。』
「港……か、まさかな……」
イヤな予感がジャックの脳裏をかすめる。

カードを握りつぶそうとした時、
裏側に書かれた小さなサインが目に飛び込んだ。
エンリケ
見慣れた筆致……
それはジャックが知る、ある男の名だった。
「……………………………
 ………………何てこった。」
ジャックの予感は確信に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第6回 キング

ハルが酒場を訪れた次の日の夜、ジャックは
あのカード内容に従って港に向かっていた。
珍しいことに、酒は一滴もやっていなかった。
誰かに尾けられているのは気づいていた。
ジャックにはそれがエンリケという男の
使いであることもわかっている。
「安心しな。
 俺は逃げも隠れもしねえよ。」

後ろを振り返り、大声で叫ぶ。
……だが、反応は返ってこない。
「ちっ、つまんねえヤツラだな。」
向き直り、再び寂しい裏道を歩き出した。
今夜は月のない新月の夜。
ジャックは街灯の光だけを頼りに、
夜道をひたすら歩いた。
かつてキングと繰り広げた大勝負、
その光景を思い浮かべながら………
あまりの強さから、
「キング」と呼ばれた伝説のギャンブラー。
キングこそはジャックの師匠であり、
また同時に最高のライバルでもあった。
7年前、ジャックはキングと
一世一代の大勝負をし――
ジャックはその戦いの勝利者となった。
2人の勝負は、共和国の闇に巣くう
有力者たちの権力争いに利用されていた。
キングは敗北の責任を取る形で……殺された。
間接的であれ、ジャックがキングを
殺したことはまぎれもない事実だった。

酒場を出て小一時間ほど経った頃、
ようやく彼の眼前に港の景色が広がった。
暗闇の洋上に巨大な船がひっそりと浮かんでいる。
……7年前、ジャックとキングが乗り込んだ船だ。
漆黒の塗装を施された船体は、闇に紛れ
よく目を凝らさない限りその存在には気付かない。
タラップに近づくジャックを、
小さな人影が出迎えた――ハルだ。

「ようこそ、ヴィクトリー・ジャック。」
「まさかそうやって、自分の足で
 来てくれるとは思わなかったわ。」
「フフ、その度胸だけは認めてあげる。」
「………………………」
いつもなら軽口の一つでも叩く
ジャックだが、今夜だけは様子が違った。
ハルを横目に、
彼はさっそうと船に乗り込む。
船窓の光を浴び、その瞳が蒼く輝いた。

汽笛の音が深い闇に吸い込まれる。
やがて、船はゆっくりと岸壁から離れていった。

 

 

 

 

 

 


第7回 闇の晩餐会

船は音も無く、
なめらかな暗闇の上を走っていた。
静けさに満ちた外界と裏腹に、
鋼板1枚を隔てた船内には
ありとあらゆる光と騒音とが溢れていた。
大陸各地から集められた調度品に
陽気な音楽を奏でる楽師たちの一団……
王国から輸入されたシャンデリアの灯りが、
人の欲望の全てをあまねく照らし出していた。

船体の中央に位置するホールでは、
乗客達が晩餐の後の会話を楽しんでいた。
みな紳士を気取ってはいるが、いずれも
共和国の裏社会で暗躍する有力者たちだ。
酒と食事、そしてギャンブルを楽しむ合間に
次に誰を殺そうかと相談し合うような輩だ。
顔触れは7年前とそれほど変わらない。
ホールのもっとも奥まった所に
まるで隠すように設けられた貴賓席――
7年前と同じく、そこには一群の男達の姿があった。

屈強な護衛たちに囲まれた1人の老人。
それがこの船内パーティーの主催者、
シャムロック大老である。
へその辺りまでもある立派な白い髭は
彼の象徴であり、同時に権威の象徴でもある。
数年前に現役こそ退いたものの、
複数の組織の相談役を務めるなど、
その影響力はいまだ衰えをしらない。
まさに裏社会の怪物とも言うべき人物だ。
そのシャムロック大老
年に1度だけ開くこの船内パーティーは、
有力者たちの重要な情報交換の場となっていた。
もっとも、中にはとても友好的とは言えない
雰囲気を漂わせている者もいる。
エンリケとウォンだ。
エンリケは7年前、そして今回の
2度のギャンブラー勝負を企画した人物だ。
元々は導力器、それも兵器の商人だったが
10年前に東方人街との取引を始めると同時に
薬物の密輸などのビジネスに手を広げ、
たちまちその勢力を拡大した新進気鋭の悪党だ。
一方のウォンは東方人街が誕生する以前から
この辺り一帯を根城にしてきた悪党で、
チンピラやゴロツキなどのヤクザ者を
束ね上げる組織のトップに立つ人物である。
この10年、東方人街はエンリケとウォン、
新参と古参の勢力争いの真っ只中にあった。
両者は互いに一歩も譲らず、
血で血を洗う抗争を繰り返してきた。

そんな状況の中、7年前にエンリケ
提案したのがギャンブルでの勝負だった。
最高のギャンブラーによる、
イカサマ有り、1対1の大勝負。
この勝負に東方人街の縄張りを賭ける、
それで無益な抗争を少しでも減らそうと
ウォンに話を持ちかけたのだった。
当初、ウォンはこの企画に反対していた。
もちろん、抗争が続くことは
彼の組織にとっても大変な痛手だった。

だが、昔気質のウォンは
安易に新奇な考えに飛びつく男ではなかった。
エンリケはこの話を
シャムロック大老へと持ち込んだ。
そして、大老は勝負の開催を許可した。
大老はウォンの一家の相談役でもある。
彼が許可を出した以上、ウォンも勝負を
受けないわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


第8回 ハル

時計の針が夜の11時を示している。
ジャックとハルの勝負は0時の開始だ。
ハルはエンリケの部屋でその時を待っていた。
『あなたの父親は、
 7年前に病気で亡くなった。』
母親からそう言い聞かされて育った少女は、
3年前、父が勝負で死んだことを知った――

多くの時間を母親と過ごしてきた彼女に、
父の思い出はそれほど多くはなかった。
だが、だからこそ余計に
かけがえの無いものとして
彼女の心に深く刻み込まれていた。
一番よく覚えているのは賭場の光景だ。
あまり連れて行ってもらえなかったが、
まるで魔法のように華麗なカードさばきで
立派な身なりの紳士たちを黙らせる父の姿は、
彼女にとってまさに憧れそのものだった。

記憶の中にある最後の思い出は、
ベッドにふせっているハルの手を取り、
安心しろと勇気付けてくれる父の姿だった。
その記憶のせいか、彼女はどうしても
母親の伝える父の最期を信じられなかった。
最後に見た父は、いつも通り元気そうで
その後すぐに病に倒れたとは思えなかった。
そしてある時、母の手伝いで
町まで買い物に出かけた彼女は、
ふと思いついて裏通りの賭場へ足を向けた。

そこでチンピラどもの世間話を耳にした瞬間、
彼女はたちまち父の死の真相を悟った。
賭場に出入りする者たちにすれば、
7年前の勝負はあまりに有名な話だった。
事実を知った彼女を支配したのは
たった1つの感情だけだった。
ジャックに対する復讐心。
彼女は父の域まで腕を磨くことを誓い、
賭場に出入りを始めるようになった。
そんな彼女のことを人づてに知り、
声を掛けたのがあのエンリケだった。
7年前、ジャックの勝ちに賭け
ウォンとの争いに勝利を収めた彼は、
今度はキングの娘であるハルに
ジャックに対する勝機を見出した。
そして、勝負の再現を持ちかけたのだった。
ハルにとっても渡りに船の話だった。
彼女は母親との連絡を絶ち、
エンリケの組織に身を寄せる。
元々持っていた類まれなる才能を
すべてを捨てて必死に磨き上げた彼女は、
わずか3年でキングの域に達したのだった。
じっと勝負の時を待つハルの瞳には
その3年間が映っていたのだろうか――
ソファーに腰掛けたまま彼女は俯き、
ひとつ大きな吐息をついた。
「あまり気負う必要はないぞ。」
エンリケが優しく声を掛ける。
「………心配しないで。
 私、気負ってなんかないわ。」

ハルの顔にほんの一瞬、
憂いにも似た表情が浮かぶ。
だが、次の瞬間には普段の
ポーカーフェイスに戻っている。
「今はただ、ジャックの惨めな負け姿……
 それを見るのが楽しみなだけよ。」
ハルの言葉を聞き、エンリケはほくそ笑む。
勝利を確信したのか、
その歪んだ顔をさらに歪ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


第9回 懐旧

ハルがエンリケの部屋に控えている一方、
ジャックは広間のバーカウンターに腰掛けていた。
ここからは勝負の舞台が一望できる。
彼は、頼んだ酒に口もつけず、
ただ戦いの舞台をしげしげと眺めていた。
変わらない面子に変わらない景色。
見つめれば見つめるほど、7年前のことが
まるで昨日のことのように思い出されてくる。

「良かったら、奢らせてもらうが?」
誰かがジャックの背に話しかけた。
ジャックは振り返りもせずに、
無言で首を横に振る。
7年前を思い返すまでもなく、
声の主が誰なのかは明らかだった。
ウォンだ。
ウォンは7年前、キングの勝ちに賭けた。
キングに死の制裁を与えたのは、
何を隠そうこの男だった。


「キングを超えたジャックの技……
 愉しみにしているぞ。」
それだけ言うと、ウォンはどこかへ去った。
「キングを超えたジャック……か。」
ジャックはあざ笑うかのように
唇の端をゆがませた。
長針がまた一つ先へと進む。
……11時50分。
あと10分で勝負の始まりだ。

広間には観客たちが続々と集まり始めた。
みな今夜の勝負を心待ちにしているのだ。
2人にミラを賭ける者も大勢いる。
エンリケとウォンの勝負に比べれば、
勝負とは呼べないような額ではあるが。
ハルはエンリケを伴って広間に入って来た。
彼女はまっすぐ自分の席に向かい
正面を見据えたまま静かに腰を下ろす。
ギャラリーに対する物怖じはまるでない。
ハルが席につくのを見届けてから、

ジャックはゆっくりと席を立った。
ハルとは違って有名人のジャックは
観客達から盛んに声をかけられる。
こんな歓声に包まれて浮き足立った
7年前の自分を思い出す。
ジャックとハル、両者が席についた。
広間の中央に据えられたカード台。
2人は向かい合ってはいるが、
その視線は決して交わることがない。
沈黙の中で時だけが過ぎ去っていく。
2人が席についてからやや間を置いて
黒服の男がカード台の横にやって来た。
7年前と同じ、カードを配るだけの男。
シャムロック大老が用意したディーラーだ。
黒服はカード台の下にあるスイッチを入れる。
と、テーブルの周囲が一段低く沈み込み、
決戦の舞台は観客達に覗き込まれる形となる。
ジャックの背中越しにウォンたちが、
そしてその反対からはエンリケたちが
2人の手元に熱い視線を投げかける。
さらにその背後からこの場を眺めているのが……
言わずもがな、シャムロック大老である。
「さあ、今宵の勝負は弔い合戦だ!」
7年ぶりの大勝負を前に、
興奮を抑えきれなくなったエンリケが叫んだ。
第10回 勝負の始まり

小さなカード台をはさみ2人が対峙する。
2人の目の前にはチップの山。
どちらか一方の山がなくなった時、
それが、この勝負の決着する時だ。
時計の針が深夜の0時を指す。
ジャックとハルの大勝負が静かに始まった。
――勝負は一進一退。
ジャックが勝てば、ハルが勝ち、
ハルが勝てばジャックが勝つ。
お互い一歩も譲らない。
この接戦に驚いたのは、
ウォンとその取り巻き達だった。
ジャックに賭けたものはみな野次を飛ばした。
勝負中、ハルはことあるごとに
ジャックに話しかけた。
会話で相手のペースを崩すのは常套手段だ。
だが、ハルの執拗な態度は
誰の目から見ても異様だった。
しかし、ジャックは
そんなハルに一切言葉を返そうとしなかった。
勝負が始まって30分。
沈黙を破り、突然ジャックが口を開いた。
「……ある所に1人の男がいた。」
周囲にやっと聞こえるくらいの声で
彼は語り始め、静かに後を続けた。
「男には憧れの存在がいた。」
「男は『憧れ』になりたくて、
 『憧れ』に勝ちたくて、
 ……『憧れ』に近づいた。」
――2人のカードが開かれる。
ジャック、ワンペア。
ハル、ツーペア。
ジャックからハルへチップが移動する。
「フフ、どうしたのジャック?
 それも作戦のうちなのかしら。」
時折ハルが茶々を入れても
ジャックはかまわず話を続けた。
「男は『憧れ』の技を盗み、
 自らの技を磨き上げた。」
「そのかいあって男はいつしか
 『勝利』と呼ばれるほど強くなった。」
「ある時、そんな評判に目を付けた奴がいた。」
「共に最強と云われた
 2人のギャンブラーを戦わせる。」
「……これほど面白いショーはなかった。」
エンリケの耳がピクリと動く。
ジャックの話には何か引っ掛かるものがあった。
「男はショーの提案を喜んで受け入れた。」
「『憧れ』との一世一代の大勝負だ。
 ………男の心は躍った。」
「その時の男には、周りなんて
 何も見えちゃいなかった。」
「まして、負けることが何を
 意味するかなんて考えもしなかった。」
「………………………」
ハルはいつの間にか
ジャックの話に聞き入ってしまっていた。
それは観客達も同様だった。
いつしか広間にいる全員が、
ジャックが小声で語る話に耳を傾けていた。
――2人のカードが開かれる。
ジャック、ノーペア。
ハル、フルハウス
ジャックからハルへチップが移動する。

 

第11回 決着の時

「ジャック、あなた
 おしゃべりばかりで勝負の方は全然ね。」
「……もういいわ。
 早めにケリを付けてあげる。」
静まり返っていた会場を
再び興奮させたのはハルのその言葉だった。
よほど自信がある手なのか、彼女は
勝負時とばかりにチップを全額投入した。
もっともチップの枚数でいえば
すでにハルは大きく勝ち越している。
ジャックはこの賭けを受けることができない。
「足りないチップの分は……そうね。
 あなたの命で補うというのはどう?」
「私が勝ったら、あなたは
 この場で自分の命にサヨナラするの。」
ハルはスカートから導力銃を取り出し、
弾丸とならべてそれを台の脇に置いた。
『さすがのジャックも、
 こんなバカな提案を飲むワケがない。』


――大方の予想はジャックの言葉に裏切られる。
「………いいだろう。
 どのみち俺は、負ければ殺されるんだ。」
「その提案……飲ませてもらうぜ。」
ジャックの言葉に、観客達は沸き返った。
エンリケは愉快でたまらない。
ウォンはただ黙って成り行きを見つめた。
お互い、カードの交換は無し。
2人が場にカードを伏せる。

「それで、男はどうなったのかしら?」
最期の言葉を聞くつもりなのだろうか、
勝ち誇ったハルがジャックに訊ねた。
「……男が『憧れ』に
 勝つことは永遠になかった。」
その瞬間――
決して崩れることのなかった
ハルの仮面は粉々に砕け散った。
そこに現われた真実の彼女の表情は
エンリケすら見たことのない怒りだった。
「――何を言うの!
 あなたは勝ったじゃない。」
「この大舞台で!」
「そして……そして、
 パパを笑い者にしたんでしょ!!」
ハルの目に涙がにじむ。
「違う! お前の
 親父さんは負けてなんかいない。」
「悔しくて、惨めな思いなんて
 これっぽっちもしちゃいないんだ。」
「お前の親父さんは……キングは、
 大切なものを守るために!
 負けることを自らで選んだ!」
「キングの誇りは守られている!!」
これを聞いて慌てたのはエンリケだ。
ジャックを黙らせようと部下を走らせる。
だが、ウォンがそれを許さなかった。
ウォンはエンリケの動きを制し、
ジャックに今の言葉の説明を求めた。
観客達は動揺の色を浮かべていた。
シャムロック大老の合図を受け、
黒服は2人のカードを同時に開く。
ジャックは……Kのフォアカード。
ハルは……Jのフォアカード。
――ジャックの大逆転勝利だ。
だが、観客に埋め尽くされた広間は
相変わらず水を打ったように静かなままだった。
「…………な?」
「ジャックはキングに勝てないんだ。」

ジャックはカードを見てそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 


第12回 真実

2人の勝負は
ジャックの劇的な逆転勝利で幕を閉じた。
ジャックの言動はさておき、
ウォンは勝利したことに安堵していた。
頭を抱えてしゃがみ込むエンリケとは対照的だ。
ハルは呆然とカードの並びを見つめていた。
彼女には、自分の見ている物が信じられなかった。
「うそ……」
「何をどうやったら
 こんなことが起こるって言うの……」
「Kのフォアカードは……
 この手は私の手だったはずなのに!」
これを聞いたエンリケが猛然と抗議を始めた。
ジャックはイカサマを使った。
この勝負は無効だ。
いや、ジャックの反則負けだ!
「悪あがきはよせ、ドン・エンリケ。」
「だったら示してもらおうじゃないか。
 ジャックがどんな手を使ったのかを。」
ウォンが毅然とした態度でエンリケに問う。
イカサマは、バレなければ問題ない。』
それがこの勝負の「ルール」だった。
そう言われてしまっては
いくら悔しくとも反論は出来ない。
エンリケイカサマを証明しようと
ジャックの動きにいちいちケチをつけ始めた。
「……無理だ。」
ジャックは言下に否定した。
「これはキングが
 7年前に使った『技』だ。」
「当時の俺が判らなかったんだ。
 エンリケの旦那に判るはずがない。」
ジャックの視線がハルを捉える。
「俺を勝たせるために、
 ハル、お前を守るために、
 キングはこの『技』を使った。」
「……まさに『王』たる技だ。」
ジャックは俯き、なおも続けた。
「……俺にはずっと判らなかった。」
「俺に余裕で勝てるこんな大技を
 隠し持っていたキングが、なぜ自ら
 勝負を捨てるような真似をしたのか。」
「……俺はキングをうらんだ。」
「腐った俺はこの7年間、
 酒に溺れることで自分を慰めた。」
「……だが昨日になってやっと判った。」
「ハルからもらった招待状……」
「そこにエンリケの旦那の名前を見た時……
 …………俺の中で全てがつながったんだ。」
「……7年前の勝負の日、その前後のことだ。」
「ここにいるハル――キングの娘は、
 原因不明の病に侵されて寝込んでいたそうだ。」
ジャックの言葉にハルが食ってかかる。
「……だったらどうしたって言うの?
 そんなの何の答えにもなってないわ!」
ジャックはかまわず続ける。
「……7年前といえば…………」
「その頃、エンリケの旦那のことで、
 ある噂を聞いたことがあったんだ。」
「何でも、とある筋から
 特殊な毒を入手したとか何とか……」
「確か、そんな話だったと思う。」
心当たりのある人物でもいたのか、
観客の間をさざ波のようにざわめきが走る。
エンリケは――唇を噛んで下を向いている。
「原因不明の病に苦しんだハル。」
「当時のエンリケの旦那にまつわる噂。」
「そして、わざと俺に
 負けることを選んだキング……」
「これら3つの出来事が示すのは、
 ……単純な1つの事実だった。」
そのとき、突然ウォンが立ち上がり、
エンリケを見据えたまま怒りに喉を震わせた。
「貴様! 7年前この娘に毒を……」
「そして……そして、
 キングを脅していたんだな!」

 

 

 

 

 

 


第13回 筋

「貴様はこの娘に毒を盛り、
 キングを脅していたんだな!」
ウォンの口から飛び出した一言に
ハルは打たれたように身を硬くした。
観客の間からも、驚きの声がもれる。
ウォンの追求にエンリケは必死の弁解を続けた。
どうにか動揺を抑えようとしたが、
彼にはそれを隠し切るだけの度量もなかった。

同業者たちの疑いの眼を前に
言い訳を続ける彼の姿はどこか滑稽に見えた。
誰もがジャックの言葉を信じ始めていた。
もちろん、7年前にエンリケ
ハルに毒を盛ったという証拠はどこにもない。
だが、彼の主張には「筋」がない。
対してジャックの言い分は「筋」が通っていた。
裏の世界には、常に裏切りが付きまとう。
皮肉ではあるが、だからこそこの世界では
「筋」――物事の倫理的な論理性が重視される。
この「ルール」に従えば、証拠など意味はない。
エンリケが何らかの制裁を受けることは確実だった。
ようやくそれを悟ったエンリケ
観念したのかぱったりと弁明を止めてしまった。
ハルはずっと立ち尽くしていた。
色んな想いが溢れ出てきて、動けなかった。
「父は負けてはいなかった。」
真実は彼女の心をなぐさめてくれたが、
同時に深い喪失感をも抱かせるものだった。
父は自分のために死を選んだ。
それはあまりに大きく、
あまりにも悲しい父の姿だった。
彼女を突き動かしてきた復讐の炎は
いまや完全にその勢いを失った。
それはくすぶり、細い煙をあげ、
……そして白い灰へと変わってしまった。
「……そんな、そんなことって……
 パパは私のために…………………!」
沸き上がる想いが言葉となってこぼれ、
彼女の中で何かが弾けた。
床へ崩れ落ちたハルは、
その場に屈みこみ大声で泣きじゃくった。
そんなハルを横目に、ウォンはジャックに
ねぎらいの言葉をかけ、肩を叩いた。
「今夜は最高の夜になった。
 出来る限りの望みを叶えてやろう。」
彼はジャックにささやいた。

「ならばハルをもらおう。」
ジャックは迷いなく答えた。
ウォンは答えに窮した。
ハルがいかに哀れであろうとも、
彼女はエンリケの持ち駒だ。
7年前のことで制裁があったとしても
彼女を自由にするのは難しく思えたのだ。
「ジャックの望み通りにしろ。
 一体何の問題があるんじゃ。」
背後から投げかけられた声に
広間にいた全員が凍りついた。
すべての視線が一点に集中する。
視線が結ぶ先にはあの髭の老人、
シャムロック大老がいた。
「娘はくれてやればよかろう。
 …………のう、エンリケ。」
エンリケは力なくうなずいた。
ようやく船内に、勝利を祝う大歓声が巻き起こった


最終回 それぞれの願い

明け方の港へとジャックたちは戻ってきた。
巨大な船影は幻のごとく、朝霧の彼方へと消えた。
「……私をどうするつもりなの?」
「どうするも何も、お前はもう自由だ。」
「今後はその命を引き合いに
 使われることもないだろう。」
「好きにするといいさ。」

「…………………………」

「……ねえ、ジャック。」
「あなたは……あなたはなぜ、
 私にここまでしてくれたの?」
「キングは命を張ってお前を守った。」
「そして、それは同時に
 俺の命を救うことでもあった。」
「……この命はキングがくれた命だ。」
「だったらその命は、キングの
 願いのために使うのが当然だろう?」
「……パパの願い?」
「7年前、キングは後悔したんだと思う。」
「自分が闇の世界に片足を突っ込んでいることで、
 娘のお前にまで危険が及んでしまったことを……」
「お前は……お前だけは、
 闇の世界に巻き込んじゃいけなかった。」
「……それが、キングの願いだったんだ。」
「…………………………」
「……判ったら、もう二度と、
 こっちの世界に関わるんじゃねえぞ。」
ジャックは最後にそれだけ言うと、
ハルを残し、足早にその場を立ち去った。


――カルバード共和国。
この国には東方からやって来た移民たちが、
故郷を想い、故郷に似せて築き上げた街がある。
そんな町の北のはずれに
おんぼろな一軒の酒場が立っている。
2人の勝負から1週間が過ぎた。
ジャックは相変わらずこの酒場にいた。
そしてまた昼間っから酒をあおっている。
過去にけじめをつけたはずの彼だったが、
その様子は前とちっとも変わっていない。
――いや、変わった所もある。
酒の量が減ったのだ。
やけ酒はなくなり、大人しく呑むようになった。
そして今日も、店の扉が悲鳴のような音を立てる。
酒場にあらたな客がやって来たのだ。
扉を開き、やって来たのは――ハル。
「ん……ハル?」
ジャックが慌てて声を掛ける。
「おい、何のつもりだ!
 ここはお前の来る所じゃねえぞ。」
ハルは動じず、満面の笑みを返した。
「ねえ、ジャック。
 勝負しましょ、しびれるような勝負よ。」


「……ただし、今度は何も賭けずね。」

 

 

 

〈END〉